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Description

トトがきていちばん驚いたのは、足音がまったくしないこと。そんなことも知らなかった。台所で作業をしていて、ふり返るとちいこいのが座っている。踏みそうになったことも何度か。猫とはこんなにもの音をさせずに歩くのか。よく鈴をつけている猫がいるが、あれはもしや、飼い主がびっくりしたり踏んづけたりしないためにつけているのだろうか。


それから猫が遊ぶことにも驚いた。ボールを投げると追いかける。紐状のものをうごかすと追いかける。走る。ジャンプする。ええっ! と声が出るくらい高くジャンプする。


投げたボールをくわえて足元に持ってきたときは「ええっ」と驚きのあまり声が出た。ぽとりと床に落として、こちらをちらりと見てから目線を外す。投げてあげると、またそれをくわえて持ってくる。そういうことは犬の専売特許で、猫がやるとは思わなかった。


そして猫の運動神経のなさにも驚かざるを得なかった。トトはボールを追いかけて走り、そのまま壁にどーんと顔から突っ込むのである。夢中で走ってカーブを曲がろうとして、キュキュキュッと体育館で運動靴が鳴るような音をたてて方向転換したものの、間に合わず、横っ腹もまた壁に打ちつけたりしている。夜はよく私の隣にきて寝ているのだが、あるとき、寝返りを打ったトトがそのまま床に落ちるのを目撃してしまった。しかも両前脚で空をかきながら落ちていったのである。テーブルで寝ていて同じように落ちたこともある。私たちのほうが先に気づいて、落ちる寸前で支えたことも。猫はもっと俊敏な生きものだとばかり思っていた。


「猫って意外に運動神経が鈍いんだねえ」とその驚きを口にすると、


「いや、それはトトだけだよ……」というのが、猫歴の長い夫の答えであった。そうなのか。前脚で空をかきながらベッドから落ち、背をしたたかに打ちつける猫は、決して一般的とはいわないのか……。


トトはつまるところ、私の人生にはじめてかかわった猫なのである。