飛騨高山の小さな病院。そのER(救急救命室)には、一人の女性医師がいる。彼女の名はエミリ。元は脳神経外科医だったが、10年前から救急医療の道を歩み続けている。
ERは、いつだって戦場だ。重篤な患者が次々と運ばれ、時間との闘いが続く。目の前の命を救うことに全てを捧げ、仮眠をとる暇さえ惜しんで働く日々。しかし、エミリには特別な能力がある。それは、患者の心の声が聞こえること。
言葉を交わせない患者の思いを読み取り、適切な処置へと導く。時に奇跡と呼ばれるその力を駆使して、彼女は今日も命と向き合っている。
本作は、そんなERの最前線で繰り広げられる、医師・エミリの奮闘記である。救命医療の現場にあるリアルな葛藤、患者との心の交流、そして彼女自身の人生。
この作品を通じて、救急医療の現場に携わるすべての人たちへ、深い敬意と感謝の意を表します(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<『ドクターEmily〜救急救命室』>
【資料/ERとは】※カンゴルー
https://www.kango-roo.com/word/21190#:~:text==基本的に全ての,に引き継ぐことになる。
[シーン1:ER病棟/運ばれてくる患者1]
■SE/救急車のサイレン/あわただしく運び込まれる救急患者
「どうしたの?」
「ひどいアシドーシスで」
「すぐに処置室へ!」
「ペーハー6.85。さらに低下中」
「電解質補給して!」
私はERドクター、エミリ。
医師になって今年で25年。
国内のERドクターは、研修医とか若いドクターが多いんだけど、
私にとっては天職。
元々は脳神経外科医だった私が
10年前からずうっとER専門医として救急救命室で働いている。
”神の手”
これは一時、私に与えられた称号。
口も聞けないような重症患者でも、即座に症状を把握して適切に治療してきたからだ。
なぜなら、生まれたときから私には、人の心が読めるのである。
「大丈夫ですか?」
「私の目を見て」
「喋らなくてもいいので、いつからこうなったったかをゆっくり考えてください」
患者は私の目を見つめながら、心の中で訴える。
”私は1型糖尿病”
”朝から体がだるくて”
”のどがすごく乾くし”
”吐き気もひどくて”
なるほど。
「いいですか、もう病気のことは考えなくていいから」
「リラックスして、楽しいことを考えましょう」
そう伝えると、いま人気のアニメのテーマソングを歌い出す。
もちろん心の中で。
40代くらいの男性患者は安心した顔でゆっくり目を閉じた。
私は、適切な処置をしたのち
患者を糖尿病内分泌科に引き継ぎ、仮眠室へ。
と思ったら、病院入口に赤色灯が近づいてくる。
[シーン2:ER病棟/運ばれてくる患者2]
今度は60代の男性。
え?
なんか普通に歩いてくるけど。服装も乱れてないし。
とりあえずトリアージルームへ。
「どうしました?」「私の目を見てください」
なんか、視線を合わせようとしないな。
私は強引に顔を正面に向けさせて瞳を覗き込む。
(※男性M)※以下3行
”めんどくさいなあ”
”タクシー代もったいないから救急車呼んだんやさ”
”痛風で歩けないんだよ”
あ〜あ。またこれか。
とりあえず、尿酸値の上昇を抑える薬を処方する。
(※男性M)
”え?これだけ?”
「痛風の対症療法としてできることは限られています」
「日を改めて、内科に通ってください」
「尿酸値のコントロールをする治療プランを内科医から提案します」
患者さんはあきらかに不満そうな目で私を睨む。
(※男性M)※以下2行
”なんだよ、やっぱり女の医者じゃあかんて”
”ま、ええわ。またくるで”
「救急車でくるのはやめてくださいね」
「自力で歩ける人は自力で病院にきてください」
「本当に救急車が必要な病人や怪我人がいるってこと、忘れないように」
60代のおじさんは、ひどく差別的な言葉を心の中で叫んで、帰っていった。
おお、まさに昭和のカスハラだわ。
ふうっ。
それにしても最近、ERに搬送されてくる患者が多いな。
季節の変わり目だからかも。
[シーン3:仮眠室]
仮眠室で息子からのLINEを見ながら横になる。
”ママ、今日帰ったら話があるんだ。何時に帰れそう?”
夜勤明けで仮眠とりたいのについ返信しちゃう。
「多分夜8時くらいかなあ。夕飯は食べといてね」
”それなら僕がママの分作っておいてあげるよ”
「どういう風の吹き回し?気持ちわる」
”ひどいな。女手ひとつで僕を育ててくれたお礼だよ”
「ますます気持ち悪い」
”まあ、いいからいいから。夜勤明けでしょ。ちゃんと仮眠とってね”
ありがとう、のスタンプを返してスマホを閉じた。
と同時に瞼も自然と閉じていく・・・
久しぶりに夢を見た。
息子と私が駆けていく先には、いまは亡き夫。息子の父親。
夫は久しぶりにお話したいのに、前方を指差して私たちを急かす。
もう、相変わらずせっかちね。
私たちは靄(もや)に煙る雨の中へ走っていった・・・
[シーン4:ER病棟/運ばれてくる患者3]
■SE/救急車のサイレン/あわただしく運び込まれる救急患者
けたたましいスタットコールに、夢の世界から連れ戻される。
コードブルー。
ER専門の看護師がトリアージ判定をした。
救急搬送された患者の容体が重篤であることを示している。
「交通事故です」
「意識は?」
「かろうじて」
「わかった」
息子と同じくらい。25歳くらいの若い女性。
血液で汚れた体を拭いてあげながら声をかける。
「私の声が聞こえますか?」
「大丈夫ですよ、私たちがすぐに処置を行います」
「私の目を見て心の中で答えてください」
「お名前を教えてもらえますか?」
「事故のときのことを覚えていますか?」
「どこか痛みますか?」
「呼吸は楽にできますか?」
「今から体をチェックしますね。少し動かします。」
彼女は心の中ですべて答えてから、意識を失った。
彼女の頭部の出血が気になり、CTスキャンとMRI検査をおこなう。
骨折も含めたオペは30分で終わった。
引き継ぎは、整形ではなく、まずは神経外科へ。
彼女が答えてくれた心の声が、頭に残る。
”彼に知らせないと”
”私を待ってるのに”
心の中で自分の体のことよりも、そればっかり言っていた。
気になるから今日の勤務終わったら、
リカバリールームのぞいてみようかな。
[シーン5:回復室(リカバリールーム)/モニタリング中]
■SE/点滴と心電図の音+扉を開く音「ガラガラ〜」
「あれっ?」
「あ、ママ」
「なんであなたがここに?」
「だって彼女・・・今日ママに紹介しようとした人だもん」
「え?」
息子は私の目を見て問いただしてくる。
「彼女、大丈夫だよね?ちゃんと治るよね?」
「頭部に怪我してるから」
「CTスキャンとMRIでは大丈夫だったけど」
「バイタルもまだ安定しないし」
「このまま意識が戻らなければICUに入ってもらうわ」
「そんな・・・なんとかしてよ!お願い」
「最善を尽くすから」
「助けて!」
「でもどうしてあなた、事故のこと知ったの?」
「彼女のスマホ、緊急連絡先が僕なんだ」
「え?」
「彼女、小さい頃両親を交通事故で亡くしてて」
「そうだったの・・・」
実は私、息子の心の中は読めない。
シナプスに異常があった父親の遺伝かもしれない。
だが、表情で心はわかる。
亡くなった父と同じ、裏表のない人間だから。
その息子が目を潤ませて必死で訴えてくる。
「僕のせいだ・・・準備するから急いできてって言った・・・僕のせいだ」
「準備?」
「ママの誕生日をお祝いしようと思って」
誕生日?そんなの、全然覚えてなかったよ・・・
「彼女、すごく楽しみにしてたんだ」
「そうなの」
「ママ、お願いだから彼女を助けて!」
彼の悲痛な声がリカバリールームに響き渡ったそのとき。
「ごめんなさい」
私の頭の中で彼女の声がささやいた。
「え?」
息子は私の肩越しに、目を見開いている。
「め、目が・・・」
振り返ると、目覚めた彼女の瞳は肩越しの息子を見つめていた。
「まさか、息子を通して私に?」
私はすぐに脈をとり、バイタルを測る。
「私の声が聞こえる?」
彼女はまばたきをしながら小さくうなづく。
息子は彼女の手を握って何も言わずに泣いている。
「ごめんなさい」
先ほどと同じ声で同じ言葉が返ってきた。
今度はリアルに空気を伝って。
「大丈夫。わかったからもうしゃべらなくていいわ。
心の声で聞かせてちょうだい」
”ごめんなさい、おかあさん”
ああ、息子から私のこと、聞いていたのね。
そうか、これでわかったわ。
大丈夫。
私たちはもう家族だから。
私は彼女と息子を交互に見てつぶやく。
「これから、末長く、よろしくね」