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元ネタ https://jazzywada.blog.jp/archives/1085530174.html

2003年9月21日発行の「ふりーはーとメールマガジン 第111号」の内容と、それに関する詳細な考証から構成されています。このメルマガの主要なメッセージは、筆者であるW田氏が、焼鳥屋の店主の母親から受け取った自家栽培の美味しい桃へのお礼としてブドウを贈る際の送り状を公開することです。送り状では、桃の栽培者を中国神話の長寿の女神「西王母」になぞらえ、地元の彫刻家である平櫛田中氏の作品「仙桃」の説明文を引用しつつ、長寿をユーモラスに願うという機知に富んだ内容となっています。全体として、日常の交流と古典的教養を融合させた、人間味あふれるエッセイ形式の文書であり、その背景や文体、引用元について綿密に分析されています。

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桃から始まる神話?20年前のメールマガジンに学ぶ、最高に粋な「ありがとう」の伝え方

美味しい果物をいただいた時、あなたはどんな風に「ありがとう」を伝えますか?

心のこもった贈り物には、同じくらい心のこもった感謝を返したいもの。しかし、ありきたりな言葉しか思い浮かばず、もどかしい思いをすることもあるかもしれません。最近、偶然にも2003年に発行された一通の古いメールマガジンを見つけました。デジタル化された時間の片隅に眠っていたその文章には、ささやかな贈り物への感謝を壮大な神話へと繋げる、驚くほど創造的で心温まる「ありがとう」の伝え方が記されていました。

それは、一箱の桃から始まった物語。20年以上前のささやかなやり取りが、現代を生きる私たちのコミュニケーションに、深く、そして大切な何かを教えてくれます。

物語は、メールマガジンの筆者であるW田氏が、行きつけの焼鳥屋の店主から、そのお母様が丹精込めて育てたという自家製の桃を「初夏」にいただいたことから始まります。そのあまりの美味しさに感動しつつも、お礼がのびのびになってしまい、ようやく9月になってから一房のブドウをお母様へ贈ることにします。

そのブドウに添えられた手紙こそが、今回の主役です。彼は、単に「ありがとうございました」と書くだけではありませんでした。いただいた桃を、中国の神話に登場する女神「西王母(せいおうぼ)」の物語と結びつけたのです。西王母は、不老不死の力を与えるという伝説の桃を持つとされています。

手紙の中で、W田氏は次のように綴っています。

中国では,桃のことを不老長寿の果実と呼んでいる。また,西王母と云う人は,桃を食べ三千才まで生きたそうです。『「神仙説』と云う書物の中には,仙人としての修業を終えた者は,崑崙山(こんろんざん)に行って,西王母から,仙人として認められた免状の代わりに長寿妙薬の桃がもらえたと言う話が載っているとのことです。

なんと雅やかな発想でしょうか。丹精込めて育てられた一箱の桃が、時空を超えて不老長寿の妙薬へと姿を変えた瞬間です。日常のささやかな贈答という行為に古代神話の重みを重ねることで、感謝の言葉は、相手の健康と長寿を願う時代を超えた「祝福」へと見事に昇華されています。

では、W田氏はどこで西王母と桃にまつわる知識を得たのでしょうか。百科事典や歴史書を紐解いたわけではありませんでした。驚くべきことに、その情報の出所は、ある彫刻作品に添えられていた「説明書」だったのです。

その作品とは、彫刻家・平櫛田中(ひらくしでんちゅう)による「仙桃」というもの。さらに興味深いのは、この平櫛田中が、W田氏の隣町である岡山県井原市出身の著名な芸術家だったという点です。そして、この話には決定的な裏付けがあります。平櫛田中自身が、107歳まで生きた長寿の人として有名だったのです。

この事実は、物語に計り知れない深みを与えます。W田氏の引用は、遠い世界から借りてきた無味乾燥なデータではありません。自らの郷土が生んだ偉人であり、まさに長寿という理想を体現した人物の言葉を通して語られることで、神話は圧倒的な説得力と温かみを帯びるのです。それは、最高のメッセージが、ただ博識であること以上に、いかに深く、地に足の着いた真実味を宿らせるかを示唆しています。

この手紙が本当に見事なのは、知識をただ披露するだけでなく、それを最高の形で相手へのメッセージに仕立て上げている点です。W田氏は、神話の話を披露した後、それを軽やかなユーモアで締めくくります。

「S田さんのお母さんはひょっとしてこの 『西王母』 なのかも知れないですね。どうぞ,故事に倣(なら)って三千歳まで…」

なんと粋な結びの言葉でしょうか。桃を育てたお母様を、不老長寿の桃を持つ女神になぞらえ、健康を願う。教養に裏打ちされた深い敬意と、クスッと笑みを誘う親しみが、この短い一文に凝縮されています。

メールマガジンの後記で、W田氏はこの記事を「手抜きにて失礼します」と謙遜しています。あるいは、お礼が数ヶ月遅れたことへの照れ隠しもあったのかもしれません。しかし、その「手抜き」の裏には、相手を喜ばせたいという深い思いやりと、それを表現するための知的な遊び心が隠されています。機知と教養、そして少しのユーモアが織りなすコミュニケーションは、どんなにストレートな言葉よりも強く、深く、人の心に響くのです。

20年前のメールマガジンが教えてくれたのは、日常のささやかな出来事に壮大な物語を重ねることで、感謝がいかに豊かになるかということでした。そして、その物語が、郷土が生んだ長寿の芸術家という身近で確かな存在によって語られる時、言葉は単なる知識を超え、心からの祈りにも似た力を宿すのです。教養とユーモアを翼にして届けられたそのメッセージは、20年の時を超えて、今なお色褪せることなく私たちの胸を打ちます。デジタルでの即時的な反応が当たり前になった今、私たちはこの文章が持つような、思慮深く、温かみにあふれた心遣いを、日々のコミュニケーションにどう取り戻せるでしょうか。その答えは、この桃から始まった小さな物語の中に、静かに隠されているのかもしれません。

1. 驚きの発想:日常の贈答品が、不老長寿の神話と繋がる2. 知識の源泉:情報の出所は、郷土の彫刻家が残した「説明書」3. 最高の作法:ユーモアと教養で綴る、心に響くメッセージConclusion