このコンテンツはjazzywadaが書いたメルマガ記事をNotebookLMで処理、出力したものです。
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元ネタ https://jazzywada.blog.jp/archives/1085547960.html
2002年に発行されたメールマガジン「ふりーはーと」第33号の掲載記事であり、筆者の日本酒に対するこだわりと「銚釐(ちろり)」という酒器にまつわる思い出を綴ったエッセイです。学生時代に醸造微生物やアミン類の研究に没頭した経歴を持つ筆者が、科学的な知見を交えつつ、電子レンジではなく湯煎で酒を温める文化的な豊かさを説いています。特に、近隣の高齢女性から譲り受けた古い銅製の銚釐を「家宝」として大切にするエピソードは、道具を通じた人間模様を温かく描き出しています。全体を通して、伝統的な飲酒習慣への愛着と、日常の道具に宿る歴史をユーモアたっぷりに紹介する内容となっています。
最高の燗酒は、思い出とともにある。一杯の酒から学ぶ、モノと記憶にまつわる3つの話
肌寒い夜、ふと温かい日本酒が恋しくなることがあります。湯気とともに立ちのぼるふくよかな香りと、じんわりと体に染みわたる温かさ。そんな「燗酒」を一杯楽しむとき、私たちはその酒を温める道具について、どれほど深く考えるでしょうか。
普段何気なく使っているモノたち。その一つひとつに、実は科学的な合理性や文化的な背景、そして誰かの大切な記憶が宿っているとしたら。あるエッセイを紐解くと、一杯の酒を温める「銚釐(ちろり)」というささやかな道具から、そんな壮大な物語が浮かび上がってきました。今回は、その一杯の酒から見えてくる、モノと記憶にまつわる3つの話をご紹介します。
美味しい燗酒を味わうための最初のステップは、その温め方にあります。エッセイの筆者は、まず「やれ、純米だ、吟醸だ、大吟醸が、といわれても呑んで区別ができるほどの味覚は有していない」と謙遜しつつも、温め方については譲れない一線があるようです。「電子レンジで『チン』」したり、「直火」にかけたりする方法は、酒の風味を損なうため「やはりいただけない」と断言します。
では、何が最適なのでしょうか。その答えは、意外にも身近な場所にありました。彼が推奨するのは、屋台のおでん屋さんやラーメン屋さんが使っている、アルミニウム製の円筒形の道具。取っ手と注ぎ口がついた、あの素朴な酒器です。この道具の名は「銚釐(ちろり)」。筆者は、この安価で手に入るシンプルな道具こそ、酒を温めるのに「実に具合が良い」と語ります。
彼はこの「ちろり」という不思議な響きを持つ名前の由来にも思いを巡らせます。「銚子」と「囲炉裏」を組み合わせた言葉だろうか、それとも温まるのが待ちきれず、舌を「ちろり」と出す様から来たのだろうか、と。最新の家電でも、格式高い徳利でもなく、プロの現場で長年使われてきた実用的な道具にこそ真髄がある。この発見は、モノの本質的な価値とは何かを教えてくれます。
筆者の酒に対する深いこだわりは、単なる趣味から生まれたものではありませんでした。驚くべきことに、その原点は学生時代の「真面目な研究」にあります。
彼が大学で取り組んでいた研究テーマは、なんと「清酒の香味(芳香)成分が何に由来するか」。特に、アミン類と呼ばれる微量成分の分析を行っていたというのです。ユーモラスなことに、彼の研究室では研究費で堂々と「酒」や「麹」を調達していたそうで、事務の方から揶揄されるほどだったとか。
燗酒の最適な温め方について語る言葉の裏には、醸造学や食品化学といった分野での科学的な知見が隠されていたのです。単なる個人の好みに留まらない、確かな知識に裏打ちされた彼の言葉は、一杯の燗酒が持つ奥深さを改めて感じさせてくれます。この科学的な背景こそ、彼が燗のつけ方にこだわる理由。電子レンジや直火は、彼が大学時代に painstakingly 分析した、繊細な香味成分を乱暴に壊してしまうからにほかなりません。
この記事の核心は、一本の古い「ちろり」をめぐる物語にあります。筆者が日常使いに推奨するアルミ製のちろりとは別に、彼が何より大切にしているもの。それは、近所に住む「九十歳をとっくに超えて、なお元気一杯の方」、通称「犬のおばさん」から譲り受けた銅製の大きなちろりです。それは、彼女が若い頃に大阪でうどん屋を営んでいたときに使っていた、思い出の品でした。
このちろりには、一つだけ奇妙な点があります。本体にはくっきりと「五」の文字が刻印されているにもかかわらず、どう見ても五合もの酒が入りそうにないのです。筆者はこれを「明らかな不当表示だ」と笑いますが、その不完全さこそが、この道具を特別なものにしています。
なんだかほほえましく,実際に計ってみようかとも思うが,確かめたくはない。
この言葉に、筆者の深い愛情が凝縮されています。容量が正しいかどうかなど、もはや問題ではありません。このちろりが持つ本当の価値は、うどん屋を切り盛りしていた女性の若き日の記憶と、彼女から筆者へと手渡された温かい交流の物語そのものだからです。だからこそ筆者は、このちろりを「数少ない我が家の家宝に認定済み」だと語るのです。モノの価値は、その機能や完璧さではなく、それに宿る物語や人との繋がりによって決まる。この愛すべき「不当表示」のちろりは、そのことを静かに教えてくれます。
一杯の燗酒を温めるための、ささやかな道具「ちろり」。その物語を追いかけることで、私たちは実用的な知恵、科学的な探求心、そして個人の温かい記憶という、三つの異なる世界を旅することができました。
一つのモノが、これほど多くの物語を内包している。それは、私たちの日常が、実は見過ごしているだけで、豊かな物語に満ちていることの証かもしれません。ふと周りを見渡してみてください。
あなたの身の回りにも、そんな物語を秘めた「家宝」はありませんか?