元ネタ https://jazzywada.blog.jp/archives/1085547925.html
2002年のタイムカプセル:デジカメ黎明期に書かれた「カメラの話」が驚くほど示唆に富んでいた導入部:未来からの招待状
スマートフォンのカメラが当たり前になった今、かつてカメラがどのように語られていたか想像できますか?本記事では、デジタルカメラが普及し始めた2002年2月17日に発行された、あるメールマガジンを掘り起こします。まるでタイムカプセルのように、当時の空気感と未来への予感が詰まったこの文章を分析し、現代の私たちが忘れかけている5つの驚くべき視点を提示します。
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2002年の書き手は、「『カメラ』を『写真機』と呼ぶようなら歳が知れる」と語り始めます。さらに「『フィルム』を『フヰルム』と発音するなら,そこにもゼネレーション・ギャップがある」と続け、言葉の選択が世代を隔てるマーカーとして機能していた時代を描写します。彼は、こんな逸話さえ紹介しています。
日本人の或る旅行者が煙草を買おうと「キャメル」と云うと売り子が変な顔をして奥からカメラを出して来たと聞いたことがある。
ここで興味深いのは、この世代間の言語ギャップの単純さです。当時は「写真機」という一つの単語で世代が特定できました。これを現代の視点から見ると、言語によるアイデンティティの境界線がいかに変化したかが分かります。現代のギャップは、特定のオンラインコミュニティでのみ通じるミームやスラング、アルゴリズムによって最適化されたフィルターバブル内の言説など、無数のミクロな「デジタル部族」によって形成されています。かつてのマーカーが世代という大きな単位だったのに対し、現代のそれは、より細分化され、流動的になったのです。
2002年という年が、デジタルへの不可逆的な移行を決定づけた象徴的な瞬間であったことを、この文章は鮮やかに捉えています。その舞台は、ソルトレーク冬季オリンピックでした。
先頃,見たソルトレークの冬季オリンピックの開会式でも選手達は手に手に「デジカメ」や「デジタルビデオカメラ」とおぼしきものを持って入場行進していたようだ。
これは単なるアスリートのパレードではありませんでした。全世界に向けたプライムタイムの生中継で、銀塩フィルムの訃報が高らかに告げられた瞬間です。書き手自身も、当時広まりつつあった「昔ながらの銀塩フィルム使用の一眼レフのカメラの旗色が悪くなって来ている」という時代の空気を追認しています。世界最高峰のアスリートたちが、旧来のテクノロジーではなく新しいデジタル機器を手に闊歩する姿は、時代の転換を万人の目に焼き付ける決定的な光景となったのです。
現代人が忘れがちな、テクノロジーに対する純粋な「驚き」がこの文章には満ちています。書き手は、カメラが人間の眼の構造——絞りとピントの関係——を模倣していることを解説し、そこからオートフォーカスという技術がいかに画期的であったかを語ります。被写体までの距離を瞬時に計算しレンズを動かす魔法は、彼のような「視力が良くない」人々にとって救世主でした。
この驚嘆の大きさを理解するために、彼が差し込む一つの benchmarks が極めて重要です。「以前は露出計がカメラの中に組み込まれただけで大騒ぎしたものだった」。ほんの少し前まで、光量を測る機能が内蔵されただけで「ハイテク」だった時代があった。その記憶があるからこそ、自動でピントが合うこと、さらには「ボタン一つでズームができる」ことは、人間の能力を拡張し、部分的には凌駕する「カメラの方が進んでいるとも言える」未来的なテクノロジーとして、真摯な感動をもって受け止められていたのです。
現代のデジタルイメージングがノイズや歪みを撲滅する「完璧さ」への戦争を続ける一方で、2002年の言説は、欠点がバグではなく「味わい」として称賛された価値観を明らかにします。
昔の写真だと周辺部が歪んでいたり,ピントが甘くなっていたりするが,これはこれで味わい深い。
この「味わい」という価値観を、単なるノスタルジーで終わらせないために、書き手はスティーブン・スピルバーグ監督が映画『プライベートライアン』の撮影で、意図的に第二次大戦当時のレンズを使った逸話を引き合いに出します。これは、完璧ではない描写だからこそ生まれるリアリティへの希求です。そしてこの視点は、20年後の現代に驚くほど的確な形で回帰しています。Instagramのフィルターがフィルムの粒子や色褪せを模倣し、若者文化が意図的に「Lo-Fi(ローファイ)」な美学を追求するのはなぜか。それは、過度に加工されたデジタルイメージへのカウンターとして、かつて技術的限界が生み出した「味わい」の中に、人間的な温もりや真正性を見出しているからに他なりません。
クリック一つでモノが手に入る現代とは対照的に、2002年の文章は、所有への渇望が異なる時間軸で育まれていた時代を伝えます。高価な「名機」は、「おいそれと入手できないところがまた良い」とされ、手に入らないからこそ憧れが募り、「ただ触っているだけでも楽しい」というモノへの純粋な愛着が存在しました。
しかし、この文章が掘り下げるカメラの魅力は、単なる物欲論に留まりません。その核心には、メディアの本質を突く、より深く哲学的な洞察が隠されています。
絵画は写実によって,遠景も近景もピントを合わせて描けるが,カメラではこれは,できぬ。
この一文こそ、カメラの根源的な魅力を解き明かす鍵です。カメラの制約——ピントが合うのは一つの平面だけという限界——は、画家の全能の視点とは対極にあります。だからこそ、シャッターを切るという行為は、無限の世界から意図的に一つの瞬間、一つの焦点面を「切り取って記録に残す」という、根源的な選択行為となるのです。これこそが、他のメディアにはない写真の醍醐味であり、人々を惹きつけてやまない魔力でした。
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「写真機」という言葉から始まり、デジタルの勝利の目撃、技術への驚嘆、不完全さの美学、そして写真というメディアの本質まで。2002年の視点は、私たちが効率と完璧さを求める中で見失いがちな、テクノロジーと人間の豊かな関係性を鮮やかに描き出します。
書き手は自身の話を「ピンぼけのまま終わってしまった」とユーモラスに締めくくっていますが、あるいはその「ピンぼけ」の中にこそ、時代の本質が写り込んでいたのかもしれません。
20年前の書き手は、カメラの未来を夢見ていました。では、20年後の未来から私たち自身を振り返ったとき、現代の私たちは、写真とテクノロジーについてどのような「驚くべき真実」を語られるのでしょうか?
1. 「カメラ」と呼ぶか「写真機」と呼ぶかで、世代がバレた時代2. オリンピック選手が証明した「デジタルの勝利」3. 人間の眼に学び、そして超えようとしたカメラ技術の驚異4. 「味わい」と呼ばれた、不完全さの魅力5. 手に入らないからこそ、価値があった。結び:20年前からの問い