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※このコンテンツはjazzywadaが書いたメルマガ記事をNotebookLMで処理出力したものです。

※AI音声特有の誤読等たくさんありますがご容赦ください。

元ネタは https://jazzywada.blog.jp/archives/1085543057.html

アマチュア無線を愛好する筆者が、2002年に発行したメールマガジンの内容を振り返り、その正確性を再検証したブログ記事です。労働祭典としての「メーデー」と、無線通信での救難信号である「メーデー」の違いを解説しつつ、SOSの由来やタイタニック号にまつわる逸話を紹介しています。また、救難信号の混信を避けるために放送自粛となったピンク・レディーの楽曲や、『イムジン河』などの「放送要注意レコード」の歴史についても詳しく考察されています。筆者の個人的な経験と、インターネット上の情報を照らし合わせながら、無線文化と音楽史の交差点を浮き彫りにした内容です。最終的に、執筆当時の社会情勢や法案に対する懸念を織り交ぜ、情報の妥当性を多角的に評価しています。

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ピンク・レディーが放送禁止?「メーデー」と「SOS」に隠された、剥き出しの叫びの物語

先日、久しぶりに無線クラブの飲み会に顔を出しました。かつては熱心に電波を飛ばしていた仲間たちも、今や5年ごとの免許更新を維持するのがやっとという面々が少なくありません。もちろん私もその一人ですが、酒の肴に飛び出す専門的な四方山話には、いつも知的好奇心をくすぐられる「重み」があります。

その席で話題にのぼったのが、日常生活でも耳にする「メーデー」や「SOS」という言葉の裏側にある物語でした。

多くの人にとって、5月1日の「メーデー」は労働者の祭典でしょう。1886年にアメリカで始まった8時間労働制を求めるストライキを起源とし、日本でも1920年から続く歴史ある行事です。しかし、無線通信というフィルターを通すと、この言葉は全く別の、心臓を鷲掴みにされるような緊迫感を帯びて響き始めます。

今回は、アマチュア無線家としての回想と放送史の断片を交えながら、私たちが当たり前だと思っている「信号」の正体を紐解いてみましょう。

無線電話(音声通信)において、人命に関わる最優先の緊急事態を知らせる言葉、それが「メーデー」です。

意外に思われるかもしれませんが、語源は英語の「May Day」ではなく、フランス語の「m'aidez(メデ=私を助けて)」にあります。航空無線などで、英語圏の人にも聞き取りやすく、かつ明瞭な響きを持つことから国際的に採用されました。

無線従事者にとって、この言葉は聖域です。かつて、無線でおしゃべり(ラグチュウ)を愉しんでいる最中に「5月1日は何の日?」と問いかけ、相手にうっかり「メーデー」と言わせてしまう悪ふざけをする不届き者がいましたが、これは真剣なオペレーターたちから猛烈な「顰蹙(ひんしゅく)」を買う行為でした。遭難信号をそれ以外の目的で電波に乗せることは、通信の秩序を揺るがす絶対的な禁忌なのです。

「メーデー」と並び、知らない人はいない遭難信号が「SOS」でしょう。よく「Save Our Ship(我らの船を救え)」の略だと言われますが、実はこれは後付けの俗説に過ぎません。

SOSの正体は、特定の単語の組み合わせではなく、モールス符号で「トトト・ツーツーツー・トトト(・・・---・・・)」という、極めて打ちやすく、かつ聞き取りやすい特徴的なリズムとして選ばれた記号なのです。

歴史を紐解けば、1909年にスレイヴオニア号が発信した例など、タイタニック号以前にも使用例は存在します。しかし、1912年のあの未曾有の悲劇が、この符号を「悲劇の象徴」として世界中の人々の記憶に深く刻み込んだのは間違いありません。今やアマチュア無線の世界を除けば、モールス信号は「死語」になりつつありますが、そのリズムには今もなお、歴史の荒波に消えていった人々の記憶が宿っています。

この専門的な無線技術と、華やかなポップカルチャーが真っ向から衝突した象徴的な事件があります。1976年に発売されたピンク・レディーのヒット曲『SOS』をめぐる騒動です。

この曲のイントロ冒頭には、本物の「SOS」を模したモールス符号が大きく被せて録音されていました。当時、日本テレビの『紅白歌のベストテン』でこの派手なイントロが流れたとき、無線を知る者は誰もが「わが耳を疑った」といいます。公共の電波を通じて本物の遭難信号に近い音を流すことは、実際の通信現場での混信や救助活動の妨げになる恐れがあったからです。

そのため、この曲は多くの放送局で「放送要注意レコード」に指定されました。私がアルバイトをしていたラジオ局でも、その緊迫感は本物でした。

「わたしがアルバイトをしていたラジオ局ではレコード室のレコードジャケットに『放送要注意』とスタンプが押してあって放送注意をうながしていた。」

この騒動を受け、後にモールス符号をカットしたバージョンもプレスされることになります。一世を風靡した流行歌の裏には、人命を守るための厳格な「放送の掟」が存在していたのです。

放送の現場で「注意」が必要だったのは、技術的な理由だけではありません。社会情勢のうねりもまた、表現の境界線を揺さぶってきました。

かつてのレコード室には、『スキンシップ・ブルース』、『ブンガチャ節』、『手紙』、『自衛隊に入ろう』、『網走番外地』といった、様々な理由で「放送要注意」のスタンプを押された楽曲たちが並んでいました。中でもザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』は、1968年の発売直前に自主規制で封印され、再びCDとして店頭に並ぶまで、実に34年もの年月を要しました。

1995年、私は韓国側から北の大地を望む「統一展望台」を訪れました。霞んで見える北の大地を前に、地図模型には「向こう岸まで3.2km」と記されていました。その目と鼻の先の距離で、友人と共に『イムジン河』を大声で歌った際の、何とも言えない危うさと重みは今も忘れられません。

2002年、有事関連法や個人情報保護法といった「不気味な立法」が議論されていた当時、私たちは表現の自由がじわじわと侵食される気配に怯えていました。社会の枠組みが変われば、昨日まで歌えていた歌が、明日には「要注意」のレッテルを貼られるかもしれない。そんな不透明な時代を私たちは歩んできたのです。

無線用語の「メーデー」や「SOS」、そして放送要注意レコードの歴史を辿ると、そこには常に社会の変化と、変わることのない人間の「m'aidez(私を助けて)」という切実な叫びが見え隠れします。

かつてレコードジャケットに押された「要注意」の赤いスタンプ。それは単なる規制の印ではなく、当時の社会が何を恐れ、何を守ろうとしていたかを示す「歴史の信号」でもありました。

デジタル時代を生きる私たちは、溢れかえる情報の中で、誰かが発している大切な信号を聞き逃してはいないでしょうか。スマートフォンの画面をスクロールする指を止め、かつてのラジオ少年が雑音の中から微弱な電波を拾い上げたように、社会の片隅から発せられる小さな「助けて」の声をキャッチする感性を研ぎ澄ませていたいものです。

「メーデー」はフランス語だった?無線家が恐れる「悪ふざけ」の代償SOSは「Save Our Ship」ではない?記号が語るタイタニックの記憶ヒット曲が「放送要注意」に。ピンク・レディー『SOS』の衝撃歌えない歌と、変わりゆく社会の境界線結び:歴史の信号をキャッチし続ける