トロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメント教授のリチャード・フロリダさんの言葉に共感させて頂きました
曰く
"人はだれしもクリエイティブである——これがシンプルかつ基本的な私の主張だ。"
"私たちが直面している最も重要なテーマは、すべての人々が持つクリエイティブなエネルギーや才能、潜在的な能力を開花させ、一人ひとりの人間のクリエイティビティを認め、育成する社会を構築することである。"
"科学者たちは、アイザック・ニュートンにあやかって「巨人の肩の上に乗る」という格言を好んで使うが、これは私たちにも当てはまる言葉だ。"
"だが、人類と他の生物種とのそもそもの違いは、私たち一人ひとりがクリエイティビティを持ち合わせており、なおかつそれを皆で共有できることなのである。 そうした観点に基づけば、多様性と一体性の発揮は私たち人間に課せられた責務であるばかりか、経済的に不可欠な要素と言えよう"
ここから私は思いました
1、創造的自己
2、創造的環境
3、創造的共有
1、創造的自己
心理学者のエイブラハム・マズローさんの有名な五段階欲求の中で、最上位に来る自己実現欲求において、人間は自己の潜在能力を実現することに深い充足を感じるとしましたが、その中心には「創造的自己」があるとのお話がありますが、その文脈でとても面白いことを言われていて、
「一流のスープは、二流の絵画よりもクリエイティブである。」『完全なる人間』, 1962
つまり、スープという身近なものを作る人の中にこそ、実は一流のクリエイティブな人がいるというお話かと思います
そして、ハーバード大学・京都大学教授の広中平祐さんの言われる"私は常々「創造のある人生こそ最高の人生である」といっているんです"という言葉にもとてもシナジーがあるお話かと思いました
つまり、イノベーションやイノベーターは、一部の天才ではなく、普通の人々だということにとても共感しました
2、創造的環境
シリコンバレーが代表的ですが、クリエイティブな人たちが育まれる環境に集まるということがあって、それによってさらにその環境がクリエイティブになっていくという相乗効果があると思います
本書の著者の経済地理学者・都市研究者のリチャード・フロリダは、前著の『The Rise of the Creative Class(クリエイティブ・クラスの台頭, 2002)』で
「経済成長はクリエイティブな人々によって推進される。そして彼らは、多様で、寛容で、新しいアイデアに開かれた場所を好む。」と言われています
そんな場所やアクティビティのことを、エコシステムの呼ぶのかなと思いますが、日本でも、何度でも挑戦できる、多様で、寛容で、新しいアイディアに開かれた場所になればと思い、Startup Emergence Ecosystem(SEE)を主催しています
ただ単に人が集まるだけでなく、様々な業種の人々が集まり、失敗に寛容で何度でも挑戦できる仕組みがそこにはあって、そして起業家マインドセットが溢れる人たちが集う場所、そんな場所が日本にもたくさんできるようなそんな活動をしていきたいと思いました
3、創造的共有
巨人の肩に乗るのは、エジソンだけではない、むしろ我々だ、というお話にもとても共感しました。学術の世界では論文がある意味歴史的な創造的共有の仕掛けとしてあるのですが
しかし、一般の人たちには、巨人の肩がどこにあるかわからない、そんなことがあるのかもしれないなと思いました。
今では論文も誰もがアクセスできる環境になってきてるし、ましてや、読書の書物や、そして、SNS、場合によっては、クラウドにこれまでのデータをぶち込んで、AIで様々に吐き出させる、ということもできると思いますので
実は、巨人の肩は、つい隣を見れば、そこになるのかもしれません。それに気づくだけで、ワクワクしてくるし、そして、たくさんの巨人の方から飛び立つクリエイターやイノベーターが。これからの時代は生まれてくるのかもしれない、そんなことを思いました
ということで
実は誰もがクリエイター、イノベーターとして生まれてきていること、そしてそれらが育つような仕掛けと環境を常に意識すること、そうして、隣の巨人の方から飛び立てる人がたくさん出てくる世界、それは、いくところまで行けば、
全世界一世帯あたり一法人化、へ到達できる、そんな日が近づいているのではないかと、ワクワクが止まらない感じです
一言で言うと
人はだれしもクリエイティブであるノベーション
そんな話をきています^ ^
参考: 新 クリエイティブ資本論 —才能が経済と都市の主役となる 2014年12月4日 プリント版第1刷発行 2014年12月8日 電子版発行 著者—リチャード・フロリダ 訳 者—井口典夫 発行所—ダイヤモンド社