山口周さんより、リベラルアーツの真の力を教えていただきました
曰く
"リベラルアーツを、社会人として身につけるべき教養、といった薄っぺらいニュアンスで捉えている人がいますが、これはとてももったいない。
リベラルアーツのリベラルとは自由という意味です。アートとは技術のことです。つまり「リベラルアーツ」というのは、「自由の技術」ということです。
では、ここでいう「自由」とは何なのか? 元々の語源は新約聖書のヨハネ福音書の第8章31節にあるイエスの言葉、「真理はあなたを自由にする」から来ています。「真理」とは読んで字の通りで「真の理(=ことわり)」のことです。
時間を経ても、場所が変わっても変わらない、普遍的で永続的な理(=ことわり)が「真理」であり、それを知ることによって人々は、その時その場所だけで支配的な物事を見る枠組みから自由になれる、といっているわけです。"
ここから私は思いました
1、自由になる技術
パッションに忠実
2、真の理を探索する技術
問い続ける
3、バイアスや力に負けない技術
行動力
1、自由になる技術 パッションに忠実
私は大学時代に2年間教養学部というところで学ばせていただきましたが、リベラルアーツ
には、そんな深い意味が込められていたのかと、今更ながらに感動しました
例えば封建時代などであれば、そもそも個という考え方自体がなくて、与えられた役割の中で与えられたことを全うすることが、幸せであるという考え方に何の違和感もなく、ある意味幸せだったのかもしれないなあと思います
しかし、そこにリベラルアーツの考えが行き渡り始めることで、民主化の波から、安心安全な居場所はなきものになり、その代わり自分自身で、選択できるという、自由を得るようになって、逆に自分自身が何をしたら良いのか、わからなくなってしまう、ということも起きたのかなあと思います
そこで、その自由を素晴らしいものにするために、さらにリベラルアーツにより、各々の個におけるパッションの源を育てるということ、その探索の仕方、掴まえ方、育て方みたいなことまで、教えてくれるのかもしれないと思いました
そして最終的に、自由になるためには、自らのパッションにいかに忠実に生きれるか、ということに辿り着くような気がしました
2、真の理を探索する技術 問い続けること
普遍的で永続的に変わらないであろう真理、それが様々な軋轢で当たり前の如く歪まされていくのがこの世の性なのだとすると
さらにそれを打ち壊す、問いをし続けるこということも、リベラルアーツが提供する真理への到達方法なのかなとも思いました
そのためには、古典を味わい尽くすことと共に、全てのことに問いを忘れず、問い続け、ネガティヴケイパビリティを発揮しながら、解釈し続けるということなのかなと思いました
そこから自由への道のりが見えてくるのかもしれないなと思いました
3、バイアスや力に負けない技術 行動力
世の中に同じ考えやアイディアを持っている人はたくさんいるけれども、それを実行に移す人は、
一握りに過ぎない、とよくいうように
実は最終的に行動できるか、行動しているどうか、自らの行動変容を起こしているかが、最終アウトプットとして求められるので、踏み出す一歩を起こすためにも、リベラルアーツが力を貸してくれると思いました
そのためには、世の中のバイアスや、同調圧力や、上からの容赦のない圧力などへ屈しない力や技術が必要になると思います
例えば、哲学としての、失敗は人生の彩りの一つ、という三木清さんのお話だったり、ネルソンマンデラさんの、人生最高の栄光は転んでも何度も立ち上がることにあるなどの政治学、マインドセットを構築してくれるリベラルアーツが助けてくれるなあと思います
そしてこの、1、自由になる技術 パッションに忠実
2、真の理を探索する技術 問い続ける 3、バイアスや力に負けない 行動は、そのままイノベーション活動ともとても符合するどのと思いました
ということで
リベラルアーツは、自由を作れる技術とともに、自由を実現するためのイノベーションのスキル、マインドサットにも力を発揮するものと思いました
一言度言えば
支配的な物事を見る枠組みから自由になれるノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:本: 独学の技法 2017年11月15日 著者—山口 周 発行所—ダイヤモンド社