歌手の小椋佳さんが、新たにフランス語やピアノを始めている理由に心震え、そして考えさせられました
曰く
"僕、昔から偉そうに言うと、あの人間にとって一番贅沢な遊びは学びである
っていうことをよく言ってました。
だからその最も贅沢な遊び三昧で、今暮らさせていただいている"
ここから私は思いました
1、苦行か贅沢か
2、自分軸と他人軸
3、苦行と遊びの融合からリップルへ
1、苦行か贅沢か
学びというと、受験戦争を経験した自分からすると、どうしても、苦行的なイメージが先に立ってしまう気がします。英語の勉強だって、今でも、5分外国の方とお話しするだけで、へとへとになるくらい
小椋さんのように、学びを遊びと捉えるためには、何が必要なんだろうと考えさせられました。自分が思うのは、遊びなんだけど、学びにもなっている、そんなことが、学びは遊びと言える気がしました
学びを先に持ってきちゃうと、どうしても受験アレルギーが出てきちゃう。でも、遊びが先にあると、それがアドオンで学びになってたら、目立ちお得感満載、みたいな気持ちになってきました
2、自分軸と他人軸
その秘密は、ひとつは、自分軸にあることなのか?他人軸にあることなのか?で全然変わってくるなあと思いました
他人軸にある学びは、やらされ感満載な、例えば仕事でこれやらなきゃならないから、また勉強しなきゃ的な、、
自分軸にある学びは、前々からやりたかったんだけど、本当はやりたいんだよなあ、という感じかなあと
これだったら、朝の五分間から始めてみよっかなあ、みたいな感じで、その五分間は、何かとっても贅沢アワーな感じになるような気がしました
3、苦行と遊びの融合からリップルへ
とはいえ、忙しすぎるし、そんな時間があったら、仕事の企画書書かなくちゃ見たいな、そんな状況にもなる気がします
と考えると、自分軸と他人軸は、実は真ん中のベン図になっていて、そのベン図の真ん中のところで、何らかの学びができたら
いつのまにか、苦行だってものが、贅沢時間に変換していくのではないか?みたいなことを思いました
これはイノベーションプロジェクトのマインドセットを作るときによくやるのですが、他人軸である会社やお客様からの要望と、自分軸にある様々なパッションの源で、合致するところを見つけようとしてみる、ということも一つの方法かなと思います
そしたら、その学びは、他人軸でもあるけれども、でも実は自分軸にも入っていて、仕事の8時間を使いながら、自分のやりたい学びができる、最高じゃんか、みたいなことをおはなししたりきてます
実は学びを贅沢な時間にするのは、時間がふんだんに有り余ってる人だけではなく、自分の普段の時間をいかに、自分軸の学びと結びつけているか、それによって変わってくるんじゃないかなあと思おました
その先には、その学びがパッションの源になって、仲間と共にわ、誰かにかちをていきょうする、そんなリップルモデルにも昇華されていく、そんなサイクルになればいいなあと思いました
一言で言えば
一番贅沢な遊びを学びにしていくノベーション
そんな話をしています
参考: 【SONGS】 第698回 小椋佳 2026年1月19日(月)午後4:00 NHKhttps://www.nhk.jp/g/ts/7QRYY2G3VN/blog/bl/pgzQeKae6X/bp/pxO6yejw1b/
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