感動のオリンピックもついに終わってしまいましたが、本当にイタリアって美しい国だなあと思うとともに、選手たちの美しさにも心を打たれました
そんな中、洋画家の小出楢重(こいでならしげ)さんの言葉に、ハッとさせられました。
曰く
“私は世界を美しくするものは、本物の真珠でもダイヤモンドでもないと思っている。それは土であり、石ころであり、粘土であり、ガラスであり、一枚の紙であり、裸婦である。(※絵画作品を指しています)
ただ、それ、人間の心が可愛らしく素直に熱心に働いたところに、あらゆる美しきものが現れるものだと考えている。”
(NHK 日曜美術館「ユーモアとペーソス 大阪の洋画家小出楢重」(2026/2/22放送より引用)
私はここから3つの気づきをいただきました
1、素材ではなく「パッション」が価値を生む
2、「下手もの」に宿る可能性を見る
3、美は“人間が創る”
1、素材ではなく「パッション」が価値を生む
例えば、イノベーションというと、最先端技術、莫大な資本、優秀な人材―ついすぐにそこにある「ダイヤモンド」を探してしまうことが多いような気がします
でも小出楢重さんは
土でもいい。石ころでもいい。
それを扱う“心”が、可愛らしく、素直に、熱心に働いた時、そこに美が立ち上がる。と言われます
つまり、価値の源泉は、素材ではなく、そこに懸命に何かを生み出そうとしている、パッションにあるのだと思います
オリンピックの選手たちが、人生をかけて、様々な困難を乗り越えて、そしてこの場に立って、懸命に演技をしている。
そのことが、涙が出るほど、美しく感じたのだと思います
イノベーションも同じだなあと。
どんな経歴の人がやるか以上に、どんなパッションで向き合っているのか。まずはそこがとても大切だと思いました
2、「下手もの」に宿る可能性を見る
「下手もの漫談」というタイトル自体、なんとも小出さんらしいユーモアがあるなあと思います。
それは、整ったもの、洗練されたものだけが美しいのではない。むしろ、不器用さや、未完成さの中に、人間のパッションが宿る。
これは、今は誰にも見えていないけれども、自分と向き合ってひたすら挑戦している人へのエールでもあると思いました。
私はいつも、パッションのポートフォリオを語るときに、情熱、利他、個性、成長の4象限があるとお話ししてますが
中でも、成長パッションは別名、脱出パッションとも呼んでいて、自分がコンプレックスに感じてることなどを持ってる人が、そこから脱出したいという強い思いを持ったときに、ものすごいパワーを生み出す、とお話をしています
完璧じゃないからこそ、そこから生み出されるパワーはとてつもなく美しくなる。
むしろ、未完成から生まれるパッションにこそ、イノベーションの芽がある。
そんなことを思いました
3、美は“人間が創る”
素材は、自然界にある。でも、美は自然に発生しない。ということなのかと思いました。
人間の心が働いた時にだけ、そこに意味が生まれる。
素材がどんなに豪華でも、どんなにテクノロジーが進化しても、ましてやAIが発達としても、最後に世界を美しくするのは、人の心。そしてそこにあるパッションなのだなあと思います
このオリンピックウィークは、たくさんのアスリートの本気のパッションを観させて頂き、本当に美しいと思いました
またイノベーターも、世界を少しでも良くしようと、素直に、熱心に心を働かせる人たちを、本当に美しいし、応援したくなるなあと思いました
ということで、一言でいえば
人間が懸命に創り上げるから美しいノベーション
そんな話をしています
参考: NHK 日曜美術館 ユーモアとペーソス 大阪の洋画家小出楢重2026/2/22 小出楢重著の「下手もの漫談」より抜粋