映画「プラダを着た悪魔」はアンハサウェイとメリルストープの大ヒット映画ですが、改めて仕事への向き合い方について、いろんなことを教えてくれるお話だったなあと思います
この映画から私は
「3つの気づき」を頂きました
1、まずは行動すること
2、時には悪魔が必要
3、最後の選択権は自分にある
1、まずは行動すること
やりたいことや、やりたい仕事や夢があったとしても、すぐにはそこに辿り着くとは限らないことが多いよなあと思います。
私は、大学では水産学部でしたが、就職先はIT企業に就職してました。理由は、出来立ての会社だったので、面白そうかも、と思ったから。もう一つは、音楽を続ける環境として、東京はライブもイベントもあるし、最高!と思ったから。
なんとも心許ない動機でしたが、その会社に入ったことで、社会のさまざまなことを学ぶことができたし、自分にもいつのまにか、今を生きて行くためのノウハウやマインドセットをもらうことが出来たと思います。
音楽も、ニフティサーブのゴスペルの掲示板のオフ会に、初めていってみっかと思わなければ、今のアカペラグループ香港好運には、出会えませんでした
振り返れば、とりあえず、あの時、なんかよくわからんけど、とりあえず行ってみっか、ということが、何故か今の自分を作ってるのかもしれないなあと、不思議に思います
イノベーションの世界でも、まずは外へ出る、検証を重ねる、早く失敗するなど、まずは行動をするところから始まるというのは、同じに感じます
2、時には悪魔が必要
会社生活の中では、素敵な思い出もたくさんありますし、時には、めちゃくちゃ叱られたこともありますし、大喧嘩をしたこともあります。
今では考えられないと思いますが、ほぼ2〜3時間睡眠で、何ヶ月も、栄養ドリンクを飲みながらという、厳しい環境にいることも沢山ありました。
でも、今思えば、その時の修羅場を乗り切ったという思いや、アスリートのように限界ギリギリまでストレッチをして、コンフォートゾーンを抜け続けた経験は、今では宝物に感じます
その時だからこそ、得られたノウハウやマインドセット、そして厳しかった人たち、ともに乗り切った人たち、全てが、今の自分を作ってるなあと思います
イノベーションの世界では、悪魔の代弁者をおく、というようなことも必要かと思います。仲間内では、絶対言わないような厳しい意見や反対意見を言ってくれる人を、内部に抱えることを意識的にしている企業は、着実に成長を遂げているような気もします
3、最後の選択権は自分にある
哲学者のニーチェが「事実はなく、あるのは解釈だけだ」と述べたように、どんな状況にあっても、例えどんなにウマソウな人参がぶら下がっていたとしても、最後の選択する権利は、自分が握っている。と意識することは大切だと思います
流れに飲み込まれてしまって、忙しすぎて考える隙を与えてもらえなくて、逆らえる雰囲気じゃなかったので、などなど、後から沢山言い訳してた自分も思い浮かびます
それでも、今いる場所が、本当に自分の内発的動機に沿っているのか、自らの情熱のポートフォリオに、乗っかっているのか、ということに、なんか違うかもしれない、と思ったら、ニーチェを思い出したいと思います
私が独立をしてから五年目になりますが、独立を決める時は、本当に怖かったです。それを、明日、会社に伝えよう、と思った日は、気持ちが悪くなって、夜寝ることもできませんでした
今振り返ると、よく自分のことながら、それができたなあと思います。その時はニーチェのことなんか微塵も思ってませんでしたが、でも1人じゃなかったからできたのだと思います。親身に相談に乗ってくれた方や、励ましてくれた人たちがいたからだなあと思います
そして、離れた人たちからも、応援して頂いていたことに、とても感動しました。素敵な仲間に囲まれていたことに、感謝してもしきれない、そんな思いです。
イノベーションの世界では、厳しい選択を迫まられることは、常日頃あると思います。そんな中で、いかに、自らの選択権を離さずに、自らのパッションの源や大義に忠実でいられるか。
それはとても難しいけれども、大切なことなのかなあと思いました
ということで、めちゃくちゃ大好きで素敵な映画、「プラダを着た悪魔」は、
一見華やかな世界の物語の奥にある、「自分を更新していくプロセス」を考えさせてくれて
それは映画の話でありながら、
私たち一人ひとりの物語として置き換えてみたくなる
そんな素敵な映画でした
一言で言えば
プラダを着た悪魔ノベーション
そんな話をしています。
参考: 映画『プラダを着た悪魔』(2006年公開)