福島・いわきの震災の時、コミュニティラジオ「FMいわき」のパーソナリティ、ベティさんの言葉に、私は深く心を揺さぶられました。
(※番組内発言の要旨)
「リスナーさんから本当に頑張れとか、いつも聞いてるよとか、頼りにしてるよとか、本当に毎日メッセージをいただいて、それを壁中に全部プリントアウトして貼って。
疲れたらその前に行って読んで、よしって元気をもらって。
パワーの源がそのリスナーさんからいただいたメッセージ。」
(参考:NHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 命をつないだラジオ〜FMいわきの3.11〜」2026年3月14日放送)
この言葉の中に、私は人間の関係性の本質を見た気がしました。
私は3つのことを思いました。
1、与えるだけで与えられている
2、ギブアンドテイクの罠
3、贈与が世界を回している
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1、与えるだけで与えられている
ラジオは「与える側」です。
しかし実際には、与える行為の中で、同時に受け取っている。そんな一面があると思いました
心理学の自己決定理論(Deci & Ryan)では、
人は「誰かに貢献している」と感じたとき、
内発的動機づけが最も高まるとされています。
つまり、与えることそのものが、最大の報酬になる
イノベーターリップルモデルにおいても、自分のパッションから始まって、仲間とともに、みんなが喜ぶ大義を作っていく
その大義でみんなが喜んでもらえた時に、自らのパッションにも、最大の報酬が与えられる、つまり、火が燃え盛ることになる、そんなふうに思います
私がライブで歌う時に、1番の力になるのは、聴いてくれてるお客様の笑顔や応援です。それだけで、元気百倍になる。
実は与えてるつもりが、与えられている。
そんなふうに思います
2、ギブアンドテイクの罠
一方で、「与えたら返してもらう」という発想は、
社会心理学でいう「社会的交換理論」に近い考え方です。
人はコストとリターンを計算し、関係のバランスを取ろうとする。
それこそが資本主義における合理性ですが、この枠組みに入った瞬間、全ての関係は「取引」に変わってしまう面があると思います。
心理学のロバート・チャルディーニが示したように、
返報性は「義務感」として働くとき、
人を動かす一方で、自由を奪う側面もある。
という恐ろしい一面としての罠があると思います
関係性をどんな関係性にしておきたいのか、それを意識することがとても大切だなあと思いました
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3、贈与が世界を回している
文化人類学者のマルセル・モースは『贈与論』の中で、
「贈与は無償ではなく、社会関係を生み出す力である」
と述べています。
さらに哲学者のジャック・デリダは、
「純粋な贈与とは、見返りが意識された瞬間に成立しなくなる」
と指摘しています。
つまり、贈与とは、交換でも無償でもない、関係性そのものを生成する行為なのだと
ベティさんたちのラジオは、返してもらうためでもなく、義務でもなく、ただ「届けたい」という行為だった。
しかしその結果として、強い関係性と循環が生まれていた。
それが、ベティさんにも、リスナーにも、力を与えていた
この「贈与の循環」をいかに設計できるかというのは
資本主義だけでは捉えきれない価値として、これからのイノベーションの鍵になり得る話なのかもしれないなあと、そんなことも思いました
ということで、一言で言えば
与えると与えられるノベーション
取引だけではない、そんな関係性を創造する、そんな仕組みづくりができないものか
そんなことを考えさせてくれました
だからこそ私は、こう問い続けたいと思います。
「それは取引か。それとも贈与か?」と。
参考:NHK 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜
命をつないだラジオ~FMいわきの3.11~ 3月14日(土)