"霊性''イノベーション
落合陽一さんによる鈴木大拙さんの"霊性"の記述の意訳に震えました!
鈴木大拙さん曰く
〈なにか二つのものを包んで、二つのものが畢竟ヒッキョウずるに二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つであるということを見るものがなくてはならぬ。これが霊性である〉
落合陽一さん曰く
"自分なりに大拙の言説を意訳すると、3人称視点(誰か・何か)と1人称視点(わたし)を持ち、その2つを交互に行き来することが大事だ、ということです"
ここから私は、イノベーター3つのフレームと呼応するなと思いました
1、一人称視点は"パッション"
2、三人称視点は"大義"
3、行き来するのに役立つのが"仲間"
イノベーターは何か一つの気づきを得るのは、自分自身の違和感や取り憑かれるような興味から始まる、それはパッシャンの源に響いたものが出てくる
それが、独りよがりなのがどうかということは、それを周りの様々な仲間に共有してみて、そのフィードバックを得ながら更に発展を促していく
それを繰り返すうちに、自分独りよがりな話ではなく、仲間を取り込んでいった、さらなる大きな人たちに共感されるようなものに育っていく
この繰り返しをしていくことが、自分なりの価値を作っていく事に、とでも大事なこと、そんなふうに僕は思いました
そのうちにうちなる自分の仲間の目を持つことができるようになっていけば、自分の中に第三人称を住まわすことができるようになるのかもしれない
そんなことも思いました
そんな話をしています^ ^
参考:書籍 忘れる読書 著者:落合陽一 発行所:株式会社PHP研究所 二〇二二年十一月九日
動画で見たい方はこちら