サッカーの「サ」の字も知らなかった「右下量三」さんは、1990年イタリアW杯で苦しみながら決勝まで勝ち進んめたマラドーナとカニーヒアの姿に電気が走り、1996年5月2人が所属していた「ボカ・ジュニアーズ」の試合を観戦しにアルゼンチンへ飛んだ。気がつけば12年が経過しブエノスアイレス日亜学院で日本語先生を務め、ボカの熱烈なインチャ(サポーター)となったのです。【特集ラテンアメリカ移住者】https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=MD2boEQOrmw