知らざぁ言って聞かせやしょう、ビオロッカらじお!!
この番組はラロッカが聞き手となり、古典芸能おたくのビオレに他ではなかなか聞けない古典芸能の楽しみ方を聴いちゃいます。
今回は三大名作『義経千本桜』より四段目について熱く語ります!
◆【文楽(歌舞伎にも)】
稲荷の森にて忠信があり会はさばとの御悔み、せめて御恩を送らんと、その忠信になり変り、静様の御難儀を救ひました褒美とあつて、勿体なや畜生に、清和天皇の後胤源九郎義経といふ御姓名を給はりしは、そら恐ろしき身の冥加。これといふもわが親に孝行が尽くしたい、親大事、親大事と思ひ込んだ心が届き、大将の御名を下されしは人間の果(か)を請けたも同然、いよ/\親が大切、片時(へんし)も離れず付き添ふ鼓。
◆【文楽が詳しい】
「親父様母様、お詞を背きませず、私はもふお暇申しまする。とは言ひながら、お名残り惜しかるまいか、二親(ふたおや)に別れた折は何にも知らず、一日々々経つにつけ、暫くもお傍にゐたい、産みの恩が送りたいと、思ひ暮らし泣き明し、焦れた月日は四百年。雨乞い故に殺されしと、思へば照る日がエヽ恨めしく、曇らぬ雨はわが涙、願ひ叶ふが嬉しさに、年月馴れし妻狐。中に設けしわが子狐、不憫さ余つて幾度か、引かるゝ心を胴慾に、荒野(あれの)に捨てゝ出でながら、アヽ飢へはせぬか、凍へはせぬか、もし猟人に取られはせぬか、わが親を慕ふ程、わが子も丁度この様に、われを慕はふかと、案じ過しがせらるゝは、切つても切れぬ輪廻の絆(きずな)、愛着(あいじゃく)の鎖(くさり)に繋ぎ止められて、肉も骨身も砕くる程、悲しい妻子(つまこ)を振り捨てゝ、去年の春から付き添ふて、丸一年たつやたゝず。『去ね』とあるとてなんとマア、『アツ』と申して去なれませふ、『アツ』と申して去なれませふかいの。お詞背かば不孝となり、尽くした心も水の泡、切なさが余つて、帰るこの身はなんたる業(ごう)。まだせめてもの思ひ出に、大将の給はつたる源九郎をわが名にして、末世末代呼ばるゝとも、この悲しさはなんとせん。心を推量し給へ」と、泣いつ口説いつ身もだへし、どうど伏して泣き叫ぶは、大和国の源九郎狐と言ひ伝へしも哀れなり。
◆【静】「ハア、さては魂残すこの鼓、親子の別れを悲しんで音を止めたよな。人ならぬ身もそれ程に、子故に物思ふか」と、打ち萎るれば義経公、「オヽ、われとても生類(しょうるい)の、恩愛の節義(せつぎ)身にせまる……
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