一昨日の音声の続編として、過去生的なものが私たちの中に少なからずあるのだとしたら、それはどんな意味があるのか?どう付き合っていくのが良いのか?といったテーマでお話ししました。過去の記憶を思い出し浄化することは、私たちに気づき・癒し・赦しをもたらしてくれることもあります。けれども、記憶とばかり遊んでいては、魂は上昇螺旋に入ることができずカルマのメリーゴーランドを廻り続けてしまうのも事実。過去のものは過去のものとして、気づいて完了させていき、本質の自分の可能性(インスピレーション=神聖な計画)を生きることがより大切なのではないか…といった内容です。