・人とのつながりに希望を抱きすぎ?
→「人とつながることこそ幸せであり生きる糧である」と言うヘーゲルと厭世主義者のショーペンハウアー
→”人とのつながり”はラカンが言うところの対象a?
→偶然の必然性
→どこかで割り切らないとやってけない?
→お見合いの時代ならよかった?
→経済学上、恋愛は商品?
・どこまで「人とのつながり」に求められる?
→人を好きになる気持ちは変身願望?
→あなたにはなれないから諦めた(ボリウッドさん)
→ローランドは「恋愛してる人は人生充実してない」と言った!
→恋人を欲しいと思う感覚=「安心感を求めるとき」と「ここではないどこかへ連れて行ってほしい」(まひる)
→結局、恋愛は対象a的な空虚なものを求めている?
→相対主義とポストゥルース
・相対主義とポストゥルース
→相対主義は対象a(=中心)を追う
→ポストゥルースは中心を考えない
→世界は存在しない(マルクス・ガブリエル)
→我々はどうしても絶対的な正解(空虚なもの)を求めているが一旦諦めることが必要?
→國分功一郎「本来性なき疎外」
→千葉雅也はシニフィエなきシニフィアンを求めるのをやめて意味がない無意味を考えた
→ラカンの言う対象aが「意味がある無意味」だとしたら、中心のない「意味がない無意味」(ポストトゥルース)を考えた方が良い?
→もっと現実を見なきゃいけない?
以下、参考資料 ・斎藤環『生き延びるためのラカン』(https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480429117/)
・メイヤスー『有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論』(http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b211522.html)
・エーリッヒ・フロム『愛するということ 新訳版』(https://bookmeter.com/books/105588)
・マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(https://bookmeter.com/books/12504651)
・國分功一郎『不可欠な思想としての疎外論──今村仁司の思い出』(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59917)
・千葉雅也『意味がない無意味』(https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248929/)