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(今回のメンバー:キョン、ソキウス)

今回振返るのは、ゲストも招いて行われた「イントロクイズとテクノロジー」の回( https://spoti.fi/3iE3YxG )。

この回の最後にソキウスが一言こぼした話題について考えてみました。

それは、技術の進歩が(特にオンラインでの)イントロクイズ経験をより良いものにさせるということは大筋としては否定されるべきものではないが、技術が進歩したことで(誇張気味に言えば)「出来なくなること」への意識、要するに、新たな技術が「当たり前」(「ネイティブ」[cf.金子 2018])となったことで、その技術が誕生する以前に各々が考えていたこと・行っていたことへの関心が薄らいでしまうことへの意識も技術のメリットを論じる際には考える必要があるだろうということ。

ここでソキウスはキョンに、技術の進歩が生み出すそういった「プラスではない面」を自身がどの程度意識しているかを尋ねます。

これにキョンは「そんなに意識していることはない」と返答。

それを受けてソキウスはここまでの話の具体例として、オンライン上での早押しクイズが可能になる以前の状態へ意識を向けてみることを提案します。

キョンはその状態も「あまり考えたことはない」と述べますが、「そういう時代と比べて」考えると、早押し形式が技術によって可能になったことで、この形式がクイズを趣味とする界隈での「主体」へと変化していっただろうと言語化しました。

(イントロクイズの界隈にいた訳ではないが)趣味としてのクイズを長年続けてきたソキウスは、自身の経歴を振り返りながら、オンライン上では早押し形式が思うように行えない状況下で当時は何が行われていたか、そして可能であったかという点に意識を向けることへの必要性を提示。

キョンはこのソキウスの態度を「哲学的」と称しますが、ソキウスはそうとは考えていないようで、どちらかというとここでの視点はその技術の歴史性だと捉えています。

キョンは自身でも語るとおり、この歴史性の意識が「ほぼ無い」と認識しているので、「考えれば考えるほど難しい」ということしか考えられない、そして「思いを馳せるまで至らない」というのが現在の認識です。

ここでキョンが語るように「馳せる」程までのことなのかという点に注目したソキウスは、(キョンもリアルタイムでその変化を経験しているはずである)「スマホ」が普及する以前/以後での感覚の違いをその具体例としてさらに追加。

この例に対してキョンは「(そのような違いを意識することが)出来たら面白い」とは思うが、それは「凄く難しいこと」ではないかと返答。自身にとってその違いは「考えようとしなければ考えないこと」であり、そのような変化以前で思考していたことを今意識してみようとしても「考え込んでしまって上手く答えが出」ず、現在の自分では「出来る気がしな」いからだという言い方で、そのような答えとなった理由を挙げました。

この回を聴いてくださった皆さんにとって、今回のソキウスの意見は果たして「自分事」として捉えられるものだったでしょうか。

【参考資料】

金子厚武, 2018, 「中田ヤスタカが、世界の音楽シーンから見た邦楽の今後を語る」, CINRA.NET(2022年4月9日取得,  https://www.cinra.net/interview/201803-nakatayasutaka).