本日のプレイリスト:https://spoti.fi/3hcmWKs
(今回のメンバー:キョン、ソキウス)
「音楽と出会いたい」と「クイズで勝利したい」、この2つの態度から考えてみる。
今回は「競技的な度合いが高いイントロクイズにおいて、自身の『競技スタイル』と呼ばれるようなものはある?」という問いをきっかけに、そのようなスタイルを採ることが合理的だろうと考えるようになるその前提にも目を向け、最終的には楽曲の知名度と「知らない」こととの関係回( https://spoti.fi/3OfGb5g )とは異なる視点で、今後予定している「イントロクイズと『勝利』の価値」回へ繋がるような内容として、いわゆる「クイ研」的な文化を話題に挙げます。
【参照:「競技クイズ」回( https://spoti.fi/2SjYvSr )、イントロクイズと勉強の回( https://spoti.fi/3BP5cNq )、「座学」と「暴力性」の回( https://spoti.fi/3cesvWf )】
まずは競技イントロクイズの際に考えていることや行っていることをキョンに質問すると、「誤答を恐れずに飛び込んでいく」ことだと回答。
「イントロクイズって何が楽しいの?」回( https://spoti.fi/3DufgMR )でも楽しさとして早押しの速さを挙げていたので、ソキウスは、競技的観点と楽しさが密接に繋がったこのスタイルに至るまでの過程を尋ねました。
かつては「誤答をしない」スタイルで臨んでいたが、「勝負に勝つため」には対峙せざるをえない「限界」の感覚と、その「限界」を突破している他者への「憧れ」によって、現在のスタイルへと移行したキョン。
その大きな要因として、出題された曲を瞬時に判断できたのに早押しクイズで回答権を得られなかった状態が「一番『後悔』する」ので、「答えたいものを答えよう」となったことを挙げます。
一旦ここでソキウスは、キョンの回答が早押しクイズを前提としていたことに注目し、非・早押しクイズでのスタイルだとどうなるかキョンに投げかけ。
そこでの回答は先ほど同様「後悔」という観点からだったので、現にクイズが行われる場以外でのスタイルと限定したうえで再度質問してみると、それに対しては「予習」という点から言及しました。
ソキウスはこの質問で想定していた予習以外の観点として、「(広義での)勉強への態度」、要するに音楽に触れるときの態度という点があったことをここで提示。
この点についてキョンは「ふと我に返ったとき」に「名詞的」な要素での「この曲何だっけ?」という感覚に陥ることがあると答え、ソキウスがここで提示する「動詞的」な要素(ex.楽曲間の影響関係、楽曲内での達成)は、普段は「曲から(「作品の外」を媒介せずに感知可能である情報の)先は考えない」キョンにとっては意識の及ばない「補足情報」として捉えられているようです。
【参考:批評回(後編)( https://spoti.fi/3eqrcER )】
続いて、ソキウスはここで改めてキョンにとっての「後悔」に話を戻し、現在のスタイルで(広義での)後悔をすることはあるのかを尋ねます。
キョンは「自分の思うスタイル」で押せなかったとき以外での後悔は無く、また、そのスタイルの際に発生する誤答は「納得のいく誤答」だと考えているので、誤答「した」こと自体への後悔も無いとのこと。
一方でソキウスの競技スタイルは、読み上げ形式のクイズでの自らの経験と比較するのであれば、イントロクイズでは「前のめり」。
しかしそうは言っても、自身としては誤答「した」ことで生じる後悔の度合いがキョン的な「後悔」のそれよりも高いと感じているので、その「前のめり」具合もキョン程ではない様子。むしろその競技スタイルの意識は非・早押しクイズの方に強く向いています。
ただしキョン程ではない「前のめり」とはいえ、早押しでのイントロクイズの性質を念頭に置くと、早く押すことをより強く意識するようになると補足を入れます。
【参考:音源量回(後編)( https://spoti.fi/3637Nco )】
この対話では「負けたくない」という結論は同じでも、そこへ至る思考の過程が2人の間では微妙に異なることが見えてきました。
今回のテーマが「競技」での話なので当然ではあるものの、ここまでは「勝ち負け」の話題が多め。
さらにここで以前の「座学」と「暴力性」の関係を考えた回の内容を踏まえると、競技イントロクイズの場において「勝利」することの価値、そしてそのような価値と「暴力性」との関係はどのようなものとして捉えられているのかに触れる必要があるだろうというのがソキウスの考え。これらの論点へ進む前段階として、今回は「競技イントロクイズで勝ちたいか」という問いをキョンに投げかけます。
この問いはキョンにとっては「刺さる質問」だったようで、今回キョンが挙げたものよりも上位概念でのスタイルとして、自身が「どういうつもりで」クイズを「やっていたいのか」を悩むモードへ。
ひとまずキョンとしては、他人に勝ちたいという欲望よりも「自分に勝ちたい」というのがここでのスタイル。ソキウスはこのキョンの回答に対して、もはや「他人と(競技)クイズする必要は無い」のではないかと暫定的に返答をします。
今後への取っ掛かりが見え始めたところで、さらにソキウスは、競技的な度合いが相対的に高いクイズと低いクイズでの勝利の価値の差はキョンの中にどの程度あるものなのかを尋ねます。
基本的にはその程度の差に関わらず「自分を貫き通す」が、特に高い競技性が求められるイントロクイズでは「最適解」を目指すこと、そしてその過程の中では「自分をかなぐり捨てる」可能性があることに言及。
このキョンの回答を受けてソキウスは、ここで「貫き通す」という「自分に勝」つことの内実をこの回でもう少し明確にする必要があると考え、その点を対話の俎上に改めて載せます。
キョンとしては、回答権を得られない「後悔」を無くすために自身のスタイルを貫き通すことが「自分に勝」つことだという考え。ただソキウスは、ここで貫き通そうとしているもの、そして「最適解」を求めたり、「かなぐり捨て」る必要があるという性質それ自体が、クイズと押しのスピードや勝ち負けの尺度とを過度に結び付けていて、結果的に(競技性が高くないものも含んだ)イントロクイズの可能性を狭めているのではないかという点に注目。
この終盤になって、競技的な度合いの違いに対しての考え方の差と、その思考の過程で各々の意見が前提としているものの差が、対話を通して徐々に明らかになっていきます。つまりそれは、イントロクイズが持つ音楽×クイズの性質、今回の内容に即して考えれば、楽曲を発見する場と勝ち負けを決める場という両側面の存在をどの程度「別の次元」のものとして捉えているのか、またその2つの「次元」間での優勢度合いをどのように考えているのかという点です。
これらの差が生まれる更なる前提として、(「おんたま」メンバーも参入している)クイズ研究会(クイ研)的な文化がその一つには挙げられるだろうというのがソキウスの考え。
イントロクイズの楽しさと競技スタイルを貫くかどうかとは本質的には「別の次元」ではあるだろうが、クイ研的文化とその影響が界隈内では優勢な現状を考慮すると、これから趣味として始める人にその楽しさを伝えるためには、その2つの「次元」をもっと明確に分け、クイ研文化の優勢さとの上手い「バランス」の取り方として、音楽との出会いの側面を強調して外部に打ち出すことがイントロクイズの「対外戦略」だろうとソキウスは考えており、キョンもこれらの点には同意します。
「おんたまオープン」は、そのような「対外戦略」の一種として開催を計画しています。
【本日の一曲】
毎回最後に1分以内で今紹介したい1曲を持ち回りで語ってもらう「本日の一曲」。
今回はソキウスが、ご当地ネタ満載な楽曲を紹介。
好きな音色×地元ネタ。
【今回のキーワード】
競技スタイル/競技クイズ/早押しクイズ/様々なクイズ的後悔/音楽と勉強への態度(名詞的/動詞的)/競技クイズの「暴力性」/勝利の価値/クイズ研究会的文化/OSTER PROJECT/AIきりたん(東北きりたん)