Listen

Description

本日のプレイリスト:https://spoti.fi/3xJmb5c

(今回のメンバー:やすお、ナル、ソキウス)

「イントロクイズプレイヤーはクイズ中に何を考えているのか」に迫ります。

今回は競技スタイル回( https://spoti.fi/3FTRFrf )での問題意識を一部引き続く形で、その回に参加していなかった2人とともに、各々がイントロクイズ中にどのような立ち回り方(「プレイング」)をしているか/考えているか(=「脳内」)を照らし合わせます。

その過程で、「クイズ」という趣味の枠の中でも読み上げ形式とイントロ形式とでは、それらのクイズ形式が持つ性質も、そしてプレイ中の立ち回り方も互いに異なっている/異なってくるのではないかということが改めて浮き彫りになります。

【参考:読み上げ形式での「身体がとっさに動く」ようなものも射程に入れた「プレイヤーの『経験』」を現象学的な観点で記述したものとして[田村 2020]】

最初に今回の主旨として、競技スタイル回ではあまり表立って言及されなかった非・競技的なクイズとの区別についても触れることを確認したうえで、まずはやすおにイントロクイズ中の「脳内」を尋ねます。

やすおは、競技的な度合いが高いクイズでは、「勝ち」を掴むためにルールに気を配りながら「大局観」の観点で「プレイング」を決めていくが、そうでないクイズでは「知ってるやつが来た」から「パン」と押す程度で対応している様子。

そしてミクロなレベル、クイズ中の自身の意識の向け方のレベルだとどうかと問うと、早押しで行われるイントロクイズではより「直感」に頼りはしますが、誤答をしたくないという気持ちがあるので、流れてきた音を聞いて自身の中で「これだな」と思う度合いが「80~90%」程度に達したときに回答権を得ようとするとのこと。ただそれは、早押しではないクイズだと事情は変わってくるようです。

一方、非・競技的なクイズの場合は、「自分の推しを逃したくない」の思いが先ほど挙げたものよりかは先行。そのような推しの出題を予め「張っておく」に意識がより向きます。

続いてはナルの「脳内」。

競技的なクイズでは「慎重に押す」ことを特に考えるとのこと。ナルは主にクイズ大会のことを想定しながら、予選通過のような「篩に落とされない」ように正解を重ねていくことを考えています。ただしその慎重さは、勝利を得るために大局観を見極めていく中で「ギア」の調整をすることとセットではあります。

それが非・競技的なクイズの場合になると、「純粋に色んな音楽に触れあ」ったり「参加者との会話を楽しむ」ことにより重点を置くと答えたので、ソキウスはこのような態度は競技的なクイズだとどうなるのかを質問。

これに対してナルは、全くそのようにしないわけではないが、競技の中で自身の「気持ちが落ち着かない」ような状態になっているときは、「音楽に触れあ」う余裕が無くなることが多いと語りました。

ここまで各々の「脳内」を確認したうえで、この回の後半ではイントロクイズの場合ではその傾向がより強く出るであろうとソキウスが考えている、各々の「脳内」の働き方の中でも特に、出題されたものと自身の記憶との対応関係をどのように処理しているかについて語っていきます。

【参考:音源量回(後編)( https://spoti.fi/3637Nco )での「矢印」の論点】

曲の早い段階で早押し行為をしたときに、自身の中で「該当する曲が複数ある」と判断したら一旦待つと答えたナルに対して、ソキウスはその「似てる」と捉えた曲が「複数ある」という状態に注目。

出題された音と(そして、そのような音と出題元の曲との関係を理解している場合においての)自身の記憶とで「100%」の一致が起こらないことは原理的にはないという前提を置く場合、イントロクイズが持つであろう性質を考えていくうえでは、ソキウスはそのようなナルの状態が「原曲主義」的な意識の影響を強く受けている可能性について吟味する必要があると考え、この可能性をナルとしてはどう考えているかをさらに質問。

【参照:「原曲主義」というキーワードが出た「『コピバン』楽曲しか出ないイントロクイズ回」( https://spoti.fi/38BKTKJ )】

その対話の中では、主タイトルは同じであるが中身は異なる複数のVer.というディスク文化的な作品の捉え方、そしてその主とされるVer.との繋がりを明示しているという実践の存在によって、ここでの「原曲主義」的な対応関係という論点はある程度相対化できるだろうというソキウスの考えが提示されます。ここでの対話は、「Remix音源」の回( https://spoti.fi/3z7m1Fs )の内容とも重なるものです。

ソキウスが主張するイントロクイズ的な「1対1」の対応関係については、やすおは「ほぼほぼ同じ」意見。それを受けてここからは、やすおが実践してきた読み上げ形式でのプレイングを参照することで、イントロクイズ特有の性質についてより考えていきます。(cf. [田村 2020])

やすおは、イントロクイズでは読み上げ形式よりも「思うこと考えること」は「単純」になっているかもしれないという実感、そして「これが来たからこれかな」という(文字通りの)「一問一答」の感覚をここで提示。

主に競技的な度合いの高い読み上げ形式のクイズで出題される問題文が持つ構造とその意味するもの(cf. [伊沢 2021])が現状としては暗黙の了解のような形で理解されているという状況があることもあり、イントロと読み上げとでは「押しのスタイルが違う」と語りました。

【参考:「競技クイズ」回の振返り回( https://spoti.fi/3ALAgRc )での回答との違い】

ここでソキウスは、読み上げ形式の際に答えの候補となるものを問題文を聞きながら頭に思い浮かべることについてやすおに尋ねてみると、やすおは「苦手」とのこと。

ただ「苦手」とはいっても、読み上げ形式では問題文の構造とその意味するものから答えの可能性を複数想起し、そこから(音が「似てる」かどうかでの判断とは違う過程で)正解となる事物を一意に導き出すことを何かしらはしているはずだとは言えるが、やすおはイントロクイズでそのような導出は「出来た覚えが無い」と告白。

そのようなことが「出来た覚えが無い」のは、ソキウスとしては、イントロクイズは、自身の記憶と音が一致するかしないかの「0か1か」以外の判断方法を原理的には取りようがないから、また、読み上げ形式での問題文の解釈とは異なる判断の仕方、つまり、言語の「意味内容」の解釈の仕方とは異なる形で音を解釈しているという性質がイントロクイズには含まれているから起こるのだろうとここで主張します。

このソキウスの意見に対してやすおは、出題された音の「意味内容」を(読み上げ形式での言語の解釈と同じような形では)読み取ることが出来ないから、より「単純」な「1対1」(「一問一答」)の感覚になるのだろうと答えました。

今回の対話で挙げられた論点について、この回を聞いていただいた方はどのようなことを考えたでしょうか?

【本日の一曲】

毎回最後に1分以内で今紹介したい1曲を持ち回りで語ってもらう「本日の一曲」。

今回はナルが、他アーティストへの提供楽曲を機にハマった楽曲を紹介。

中毒性は抜群です。

【今回のキーワード】

競技スタイル/クイズ中のプレイング/大局観/「自分の推しを逃したくない」/音楽に触れる余裕/「原曲主義」/似てる音の判断/一問一答/問題文の構造/言語の意味内容/フレデリック

【参考資料】

伊沢拓司, 2021, 『クイズ思考の解体』朝日新聞出版.

田村正資, 2020, 「予感を飼いならす――競技クイズの現象学試論」『ユリイカ』青土社, 52(8): 95-103.