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Title:『自己を活性化する

1972年11月2日、インド、ブリンダーヴィンで行われた法話です。



ŚB 1.2.22

अतो वै कवयो नित्यं भक्तिं परमया मुदा ।

वासुदेवे भगवति कुर्वन्त्यात्मप्रसादनीम् ॥ २२ ॥

ato vai kavayo nityaṁ

bhaktiṁ paramayā mudā

vāsudeve bhagavati

kurvanty ātma-prasādanīm

ゆえに、太古の昔からあらゆる超越主義者たちは大きな喜びに包まれて、人格神主クリシュナに献身的に仕えてきた。そのような献身奉仕は自己を活性化するからである。



ーー 法話から ーー



献身奉仕はātmā(アートマ)である。つまりそれは、自己である、心である、体でもあります。ですから、アートマというのは、体、そして、心、また自己ももさしています。ですから、ātma-prasādanīmというのは、心を満たしたいならば、また、自己をみたしたいならば、あるいは、体を満たしたいならばという意味でもあります。私たちは体、肉体概念の生き方、あるいは、メンタルな概念での生き方、そして、スピリチュアルな、精神的な概念の生き方という三通りの段階で生きています。ひどく無知である人、そういう人は肉体概念の極地で生きています。もう少し発達した、向上した人はメンタル、すなわち、心理的なそうした概念の見方をして生きています。そしてさらにもっと向上している人は精神的な概念で精神的な見方をして、そういう中で生きています。精神的な概念の生き方というのが、ここに書かれています。真実は精神であり、この部室ではありません。物質は真実です。精神より劣ります。物質というのは精神が基本になり、成長します。ちょうど、わたしたちの体は精神的なものが存在するからこそ、それを基盤にして成長しています。ですから、精神的な悟りというのは、私たちのの人生における、究極なゴールです。この人間として生まれた生、これは、Jīvasya tattva-jijñāsā nārtho yaś ceha karmabhiḥ と言われますが、jīvasya tattva-jijñāsā... Jijñāsāというのは、真実について、真実について問う、ということが、生命体がなすべきもつとも主なことです。