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埼玉県春日部市赤沼──。

この地名を聞いて、クラフトビールを思い浮かべる人はまだ多くないかもしれません。しかし、この土地には大正時代から脈々と続く「発酵」と「地域」の物語があります。

今回のたまたまさいたまラヂオは、赤沼ロマンブルーイングから筒野広康(つつの・ひろやす)さんと息子の隆広(たかひろ)さんをお迎えしました。前編となる今回は、お父様の広康さんを中心に、赤沼ロマンブルーイングが生まれるまでの道のりを伺います。

広康さんのお話を聞いて驚いたのは、その歴史の深さです。事業のルーツは大正15年(1926年)、広康さんのお祖父様の代にまで遡ります。精米・精麦から始まり、製材業、そして飼料・肥料の製造販売へ。時代の変化に合わせて事業の柱を変えながらも、一貫して地域の産業と暮らしに寄り添ってきた約100年の歩みがありました。

そしてこの「変化」は、決して突然のジャンプではないのです。一つの事業から生まれた副産物や人脈が、次の事業の種になっていく。広康さんが語る「流れの中で派生していく」という言葉が、この一族の事業哲学を見事に表しています。

飼料の製造、肥料づくり、美味しい卵へのこだわり──。広康さんの仕事の中心には、常に「発酵」がありました。発酵飼料が美味しい卵を生み、鶏糞の発酵が有機野菜につながり、その有機農業の人脈がやがて日本酒の蔵元との出会いを生む。

面白いのは、ここからの展開です。地元・赤沼の獅子舞が280年を迎えたことをきっかけに動き出したプロジェクト、「赤米」との出合い、そして明治時代に赤沼にあったビール醸造所の存在──。これらの点がどう繋がってクラフトビールに至ったのか。その物語は、ぜひ番組の音声でお楽しみください。

赤沼ロマンブルーイングの「ロマン」という名前。そこには赤米の品種名だけでなく、明治の先人たちへの敬意と、次の世代への願いが込められています。

伊勢神宮への奉納、地元の子どもたちとの田植え体験、春日部フードセレクションへの認定──。ビールをきっかけに広がり続ける地域との絆。

そして2020年、パンデミックによって委託醸造がストップ。70代で自社醸造への大転換を決意した広康さん。その決断の裏側には、長年のお客様の存在と、ある心強い味方がいました。

番組恒例の最後の質問。「広康さんにとって赤沼地区とは何ですか?」という問いに対する広康さんの答えが、とても印象的でした。

100年の歴史、発酵の知恵、地域への想い──それらすべてが一杯のクラフトビールに注ぎ込まれている。そんなストーリーを、ぜひ音声でじっくりとお聴きください。

次回の後編では、息子の隆広さんを中心に、自社醸造への挑戦やブルワリーの今をお届けします。お楽しみに!

赤沼ロマンブルーイング

https://akanumaroman.com/

🎧 番組の視聴はこちらから → [各ポッドキャストプラットフォームへのリンク]

大正15年──100年企業のはじまり「発酵」という一本の糸「ロマン」に込められた想い「赤沼とは、生きていく場所」