日本の政治の在り方に興味を持った星野。
民主主義の意義や難しさについて泉さんに尋ねてみたところ、出るわ出るわ色んなお話。
今日のお話は、民主主義における教育の重要性から、多様性と対話の大切さ、そして集主観と場活へと展開します。
日本人って、教育の賜物なのか、元々備えている性質なのか、空気を読みますよね。
「長いものに巻かれいたら楽」
とか、それ
「みんながちょっとずつ我慢すればいい」
とかしてしまう。
それが、誰も願っていないところへと全体を運んでしまう危険性がある。
だからこそ、それぞれの主観と願望を提示し合った上で「最高の妥協点」を探る対話が求められている。
きっと、それが民主主義のスタート。
この辺りの訓練を日本は幼少期から避けてきてるんですよね。
お互いの主観をぶつけ合う代わりに、誰が決めたのかも分からない「場のルール」を持ってくる。
それが日本式の物事の折り合いのつけ方だなと思っている。
そんな話になり、ふと思い至ったのが、
「場のルールを一度リセットさせて、自分たちで最高の妥協点を探る活動が、場活なのか」
ということ。
泉さんに尋ねてみたところ、出てきたキーワードが「集主観」でした。
一人ひとりの視野ではとらえきれない全体像を見るために、全員の主観を集める役割こそが「場活師」である、と。なるほど。
結局、今回は民主主義とは、学問×集主観なのかな、というところに落ち着きました。
泉さんに話題を振ると、毎回独自の世界に連れていってもらえます。 面食らいますが面白い!!
皆様のお考えも、ぜひお寄せください。
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