Listen

Description

源氏物語は54巻からなる長編の物語として有名ですが、実は登場人物の本当の名前は本文には出てきませ ん。では、なぜ「源氏物語」の登場人物には本名がないのでしょうか?それは、平安時代の人々 は、本名を口に出すのは失礼だと思っていたからです。本名の代わりに、別の名前を使って呼ん だり、書いたりしていました。これを本名を避ける習慣といいます。本名を避ける習慣は、中国 の伝統を取り入れたもので、本名と霊的な人格がつながっているという考えに基づいていまし た。 

「源氏物語」の登場人物の呼び方には、本文に出てくる呼称と、本文に現れない通称がありま す。呼称は、その場でわかる不特定呼称と、人物を特定するために使われる特定呼称に分けられ ます。特定呼称では、男性は官職や居住地にちなんだ通称で呼ばれることが多く、女性は父親や 夫の官職名から付けられた女房名で呼ばれることが一般的でした。しかし、昇進に伴い呼称が変 わるため、不便が生じることもありました。同じ官職で区別が必要な場合は、姓や故を付けて呼 ぶこともありました。特に中心的な人物や個性の強い人物は、その特徴や関係に基づいて、より 固定された呼称を持つことがありました。 

『源氏物語』には約500名余りの人物が登場します。人物の呼称は複雑であり、物語を系統立っ て理解するためには、登場人物を何らかの形で整理する必要があります。この必要性から、「源 氏物語系図」、「光源氏系図」、「源氏系図」などと呼ばれる系図が古くから存在しています。 江戸時代に入ると、湖月抄をはじめとする木版本による源氏物語に登場人物の系図が付されるこ とが通例となり、この伝統は明治時代以降に活字で出版された源氏物語にも引き継がれていま 

す。現代では、本文とは独立した形で年表などと共に便覧やハンドブックの形で提供される源氏 物語系図も多く存在します。 

源氏物語本文における登場人物の呼称は、身分の低い光源氏の家来である藤原惟光と源良清(こ れらの人物も身分が高くなるに従って「中納言」・「近江守」などと官職で呼ばれるようにな る)や匂宮の乳兄弟で家来である時方など、本名で記される人物は限られています。光源氏をは じめとしてほとんどの人物は作中では本名で呼ばれず、頭中将・左大臣・右大臣、兵部卿宮など の官職や、六条院(光源氏)、桐壺更衣、六条御息所、弘徽殿女御などの居住地に由来する呼び 名で記されています。また、「一の宮」や「女二宮」、「女三宮」などの普通名詞を使った呼称 も見られます。 

これにより、同じ人物でも立場や官職が変わると呼び方が変化し、巻や場面によって異なる呼び 方がされることがあります。主要な登場人物で一つの呼び方しかない人物はほとんどいません。 また、「左大臣」・「右大臣」・「弘徽殿女御」など、同じ単語でも話が進むにつれ、別の人物 を指すこともあります。

「源氏物語」における登場人物の呼び方は、読者や解説書にとって、主要な人物に一つの名前を 割り当てなければ理解や解説が困難です。現在では、主要な人物に対する慣例的な呼称がほぼ定 着しています。源氏物語の登場人物を指し示す名前には、以下の二つがあります。 

本名ではないものの、作中で語り手や登場人物によって呼ばれる名前。 

後世になって古系図や注釈書などで初めて使われるようになった名前。 

これらの名前は、一人の人物につき一通りではなく、時代によって変遷も見られます。 

例えば、「光源氏」という語は、「ひかる源氏」または「光る源氏」という形で大島本の帚木巻 と若紫巻に現れます。一方で、「雲居の雁」という名は作中には現れず、この女性が読んだ和歌 に含まれる語から名付けられたと考えられます。空蝉は、作中で帚木とも空蝉とも呼ばれていま す。特に、後世になって現れた呼び名は、源氏物語の受容の歴史の観点から興味深いものです。 これらの通称は、さまざまな由来を持っています。 

**身体的特徴に由来する通称** 

- **光源氏**: 光り輝くように美しい皇子と評されたことから。 

- **髭黒**: 髭が濃く色黒であることから。 

- **薫**: 身体から芳香が漂ってくることから。 

- **匂宮**: 薫の身体から芳香が漂うことに対抗して、着衣に薫物を焚き染めていることから。 **詠んだ和歌の中の印象的な語句に由来する通称** 

- **空蝉**: 光源氏の歌「空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」と空 蝉の歌「空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖かな」による。 

- **朧月夜**: 「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」による。 - **玉鬘**: 「恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなる筋を尋ね来つらむ」による。

- **雲居の雁**: 「雲居の雁もわがごとや」と「少女」巻による。 

- **真木柱**: 「今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな」による。 - **柏木**: 落葉の宮の歌「柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か」による。 

- **落葉の宮**: 「もろかづら落葉を何に拾ひけむ名は睦ましきかざしなれども」若菜下によ る。 

- **浮舟**: 「橘の小島の色はかはらじをこのうき舟ぞゆくへ知られぬ」による。 **邸宅の所在地に由来する通称** 

- **六条院**: 光源氏の邸宅が六条にあったことから。 

- **六条御息所**: 六条院に住む御息所に由来する。 

**その他の由来を持つ通称** 

- **秋好中宮**: 光源氏が同人に言い寄る口実に「あなたは春と秋のどちらがお好きか」と尋ね た際、「母御息所の亡くなった秋に惹かれる」と答えたことに由来します(薄雲)。 

- **紅梅**: 紅梅の枝に添えて匂宮に和歌を贈ったことに由来します(紅梅)。 

また、これらの通称とは異なり、役職名が固有名詞化した例もあります。例えば、物語全体で 「右大臣」は何人も存在しますが、今日では単に「右大臣」と言えば、桐壺巻で右大臣であった 人物を指す慣例があります。このように、源氏物語の登場人物の呼び方は、平安時代の社会や文 化に根ざしたものであり、物語の人物の性格や関係を表現する手段としても機能しています。源 氏物語の魅力の一つは、登場人物の呼び方によって、物語の世界が豊かに広がっていくことで す。