🧠 背景
帝王切開は日本でも増加傾向にあり、術後鎮痛の質向上が課題である。標準は多面的鎮痛で、特に脊髄幹麻酔下でのモルヒネ(脊髄幹モルヒネ)が有効とされる。本研究は、日本における脊髄幹モルヒネ使用の時系列推移と、術後鎮痛の現状を明らかにするものである。
🔬 方法
社員健保ベースの全国レセプト(JMDC)を用いた後ろ向きコホート研究である。2005年1月〜2020年3月に脊髄幹麻酔で施行された帝王切開65,208件(2,275施設)を解析し、年次の脊髄幹モルヒネ使用率を算出、さらに多層(施設をランダム効果)ロジスティック回帰で関連因子を推定した。脊髄幹モルヒネは「≤10 mgバイアルのモルヒネ投与」と定義した。
📊 結果
・全体の脊髄幹モルヒネ使用率は16.0%(95%CI 15.8–16.3)で、脊髄麻酔症例における脊髄内(くも膜下)モルヒネは20.6%であった。
・年次推移:2005年13.4%、2010年9.4%、2020年21.5%と上昇した。救急手術でも2005年11.0%→2020年24.8%に上昇した。
・麻酔法別:脊髄くも膜下麻酔での使用は2005年3.7%→2020年29.8%に増加(傾向検定P<0.001)。CSEA・硬膜外では低下傾向。
・多変量ロジスティック回帰:CSEAを基準として、モルヒネの使用は脊髄くも膜下麻酔麻酔はAOR 11.26(95%CI 9.91–12.79)、硬膜外麻酔はAOR 1.89(1.43–2.48)。2015–2020年度は2005–2009年度比でAOR 2.89(2.27–3.69)。500床以上の施設はAOR 12.05(4.81–30.19)、大学病院はAOR 3.83(1.07–13.73)。救急手術は選択手術よりわずかに低くAOR 0.90(0.82–0.98)。
・入院中の鎮痛薬:NSAIDs 87.9%、アセトアミノフェン36.5%、NSAIDs+アセトアミノフェン31.5%、アセトアミノフェン+トラマドール0.4%。経口モルヒネ・オキシコドン等の処方はほぼゼロ。フェンタニルは47.7%(脊髄幹モルヒネ群67.8%)、ペンタゾシン39.7%、ブプレノルフィン6.2%。
・術後持続硬膜外鎮痛は、脊髄幹モルヒネ群22.7% vs 非使用群38.5%であった。
💡 考察
日本の脊髄幹モルヒネ使用は増加しているが、米国(2008年71.4%、2018年83.4%)やオーストリア(71%)と比べ低水準である。施設規模(≥500床)・大学病院で導入が進み、患者背景(年齢・併存症)よりも医療提供体制要因の影響が大きい。日本では術後オピオイド(特に経口)の使用が極めて少なく、NSAIDsとアセトアミノフェン中心のオピオイドスパリング実態が示された。標準化と多面的鎮痛の徹底により、質の高い術後回復の促進が期待される。
✅ まとめ
2005〜2020年の日本の帝王切開65,208件において、脊髄幹モルヒネ使用は全体16%で年々上昇、特に脊髄くも膜下麻酔での使用が3.7%→29.8%へ拡大した。導入の強い予測因子は脊髄くも膜下麻酔(AOR 11.26)、近年の手術(AOR 2.89)、500床以上(AOR 12.05)、大学病院(AOR 3.83)であった。一方、日本の術後オピオイド処方は最小限で、NSAIDs/アセトアミノフェン中心である。今後は施設間格差の縮小と多面的鎮痛の標準化が鍵である。