🧠 背景
区域麻酔や痛み治療の場面では、カテーテル感染や穿刺部位感染などの合併症が生じることがある。これらは稀ではあるが重篤化すれば敗血症や神経障害に至る可能性があり、感染対策は臨床現場において極めて重要である。しかし実際には施設や医師によって実践がばらついており、標準化された指針が求められていた。
🔬 方法
ASRA Pain Medicine は多領域の専門家による委員会を組織し、2020〜2024年にかけて文献レビューとDelphi法による合意形成を行った。対象は区域麻酔(脊髄幹麻酔を含む)および痛み治療で行われる注射やカテーテル留置であり、感染リスクの評価、手技ごとの消毒法、カテーテル管理、個人防護具の使用などについて推奨を策定した。
📊 結果
- 術前の皮膚消毒はクロルヘキシジンアルコール製剤を第一選択と推奨。
- マスク・滅菌手袋は全例で必須、帽子や滅菌ガウンは脊髄幹麻酔や長時間カテーテル操作で強く推奨。
- 超音波プローブには滅菌カバーを用い、滅菌ジェルを推奨。
- 硬膜外カテーテルは原則48〜72時間以内の抜去が望ましく、長期留置では感染率が2倍以上に上昇。
- 発熱や白血球増加を認める患者では、感染源評価を行い、区域麻酔は慎重に適応を判断。
1. 脊髄くも膜下麻酔(spinal anesthesia)での感染予防
・皮膚消毒:クロルヘキシジンアルコールが推奨。
・PPE:マスク・キャップ・滅菌手袋は必須。マスクは過去の髄膜炎アウトブレイクの教訓から特に重要。
・穿刺回数:繰り返し穿刺はリスク増加 → できるだけ最小限に。
・リスク:硬膜外膿瘍・髄膜炎の報告あり、髄膜炎の致死率は約15%。
2. 硬膜外カテーテル挿入での感染予防
・主な感染源:皮膚常在菌の針経路侵入。
・PPE:マスク・キャップ・滅菌手袋は必須。
・留置期間:原則4〜5日以内に抜去が望ましい。長期留置で感染率が上昇。
・工夫:トンネル化により感染リスクを低減できる。
・感染率:コロニゼーション率は4.2〜29%。
3. 末梢神経ブロック(シングルショット)での感染予防
・感染率:極めて低く、数千例規模研究で感染ゼロ。ただし稀に重篤例あり。
・皮膚消毒:クロルヘキシジンアルコールが推奨。
・PPE:マスク・キャップ・滅菌手袋を使用。
・超音波:滅菌カバーと滅菌ジェルを使用。
・免疫抑制・感染症患者:感染部位から離れた場所なら単回注射は許容、カテーテルは推奨されない。
4. 脊椎超音波(ランドマーク確認・マーキングのみ)での清潔度
・穿刺を伴わない場合:診断用超音波と同等の扱い。
・消毒レベル:低レベル消毒(LLD)で十分。
・滅菌カバーや滅菌ジェル:不要。
・例外:開放創や感染部位に接触する場合は、より厳格な清潔操作が必要。
クラス 特徴 代表的な手技 推奨される感染予防策
Class A 低リスク・短時間 末梢神経ブロック(シングルショット)、関節内注射、トリガーポイント注射 手洗い、滅菌手袋、マスク(滅菌ガウン不要)
Class B 中リスク・短期留置あり 脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、硬膜外/PNBカテーテル(4日以内)、椎間関節ブロック 手洗い、クロルヘキシジン消毒、滅菌手袋・マスク・キャップ必須、(滅菌ガウンは不要)
Class C 高リスク・侵襲的 ニューロモジュレーション手技(SCS, PNSトライアル・交換)、椎間板造影(ディスコグラム)、椎間板内注射、RF焼灼(椎間関節/仙腸関節) 手洗い、マキシマムバリアプレコーション:滅菌ガウン、全身ドレーピング、マスク・キャップ・滅菌手袋、滅菌プローブカバー+滅菌ジェル
Class D 最高リスク・外科的侵襲度が高い SCSやDRG刺激装置の植込み・修正、髄腔内カテーテル/ポンプ植込み、椎体形成術・後弯形成術、仙腸関節固定術、インタースピナススペーサー マキシマムバリアプレコーション+術前抗菌薬投与が強く推奨
👕 滅菌ガウンが推奨される場面
・埋め込みデバイス関連手技
・皮膚切開を伴う操作や、埋め込み型デバイス(例:脊髄刺激装置〔SCS〕、ディスコグラム、薬物注入ポンプ)のトライアルや挿入など、感染リスクが高い手技では手術室レベルの無菌操作(滅菌ガウン+全身ドレーピング)を採用すべきとされています。
・Class C・D に分類される手技:ガイドラインでは手技をリスク分類しており、Class CおよびDの手技では最大限のバリア予防策(滅菌ガウンを含む)が必要と推奨されています。
👕 滅菌ガウンが必須でない場面
・短期間の持続区域麻酔(4日以内)
・短期間(およそ4日以内)の持続硬膜外や末梢神経カテーテルでは、滅菌ガウンの使用は必須ではないとされています。
・一般的な区域麻酔の多く(例:脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、シングルショット末梢神経ブロック)
これらは滅菌手袋・マスク・キャップは必須ですが、滅菌ガウンまでは必須ではないと整理されています。
✅ 滅菌ガウンのまとめ
・必須 → デバイス埋め込み、ディスコグラム、SCS、長期留置などの高リスク手技。
・不要 → 短期間(4日以内)のカテーテル管理や、通常の脊髄幹麻酔・シングルショットPNB。
💡 考察
本ガイドラインは、エビデンスに基づく推奨と専門家の合意を組み合わせたものであり、世界中の麻酔科・ペインクリニック領域に統一的な実践基盤を提供する。特にクロルヘキシジンの優先使用やカテーテル抜去のタイムラインは、感染率低減に直結する具体的な指針である。また、PPE(個人防護具)の徹底はCOVID-19以降の感染管理の延長線上としても重要である。
✅ まとめ
区域麻酔・痛み治療における感染対策の新たな国際的標準が提示された。皮膚消毒、PPEの徹底、超音波機器の管理、カテーテルの適切な抜去時期などが明確化され、これらを遵守することで感染リスクを大幅に低減できる。今後は各施設での実装と教育を通じて、患者安全と治療成績の向上が期待される。
最後まで聞いてくださってありがとうございます。