医療現場では、患者と医療者の間で認識の齟齬やコミュニケーション不全が生じます。こうした齟齬は医療の質と安全性を損ない、ときに医療事故や紛争へ発展します。そこで本記事は、患者と医療者の対話を促す専門人材「医療メディエーター」について、その定義、役割、倫理を解説します。
医療メディエーターは、患者と医療者の対話を促し、両者の関係構築を支援する専門人材です。この人材は、双方の語りを偏りなく受け止め、自身の見解や評価を示しません。その関わりは、認知の齟齬を予防し、調整する点に価値があります。役割の要点は、直接対話の促進、判断・評価の不実施、関係構築の重視、分け隔てのないケアの4つです。
医療メディエーターの定義と誕生の背景
医療メディエーターは、患者と医療者の対話を仲介する専門人材であり、医療不信が深刻化した社会的背景のなかで生まれました。ここでは、その定義と誕生の経緯を順に確認します。
医療メディエーターとは、患者と医療者双方の語りを偏りなく受け止め、対話の促進を通じて情報共有と認知齟齬の調整を支援する人材です。この人材は、自身の見解や評価、判断を示しません。その関わりは、医療の基盤をなす対話促進のはたらきとして、医療行為の一部を構成します。
医療メディエーターが用いるメディエーションは、英米で広く普及した対話促進のモデルです。このモデルは、当事者間の対話を通じて認知の変容を促し、納得のいく合意と関係の再構築を支援します。調停とは異なり、メディエーターは調停案の提示や説得、評価を行いません。英米では、学校で子どもにも教えられるほど、日常的な問題克服のモデルとして根づいています。
この専門人材は、1999年以降に深刻化した医療不信への対応から生まれました。従来の対立的な事故対応は、問題を解決するどころか、患者の怒りを増幅させていました。そこで2003年、医療機能評価機構の橋本理事が和田仁孝氏に事故後対応の人材育成を依頼します。依頼を受けた和田仁孝氏と中西淑美氏は、対話を軸とする育成プログラムを開発しました。
開発されたプログラムは、2005年の育成開始から急速に広がりました。ニーズの増加を受けて、2008年には日本医療メディエーター協会が設立されます。現在では年間100回ほどの研修が開催され、当初の事故後対応から日常の患者対応まで応用範囲が広がっています。さらに、終末期医療の意思決定やインフォームド・コンセントなど、多様な場面でも活用されています。
医療メディエーションを支える4つの本質
医療メディエーションには、4つの本質があります。すなわち、医療行為の一部であること、主役は当事者であること、目標は関係構築であること、不偏性に立つことの4つです。
第一の本質は、医療メディエーションが医療の基礎をなす対話と情報共有のモデルだという点です。このモデルは、単なる紛争解決の手段ではありません。医療そのものの質を高める要素として、医療行為の一部に位置づけられます。
第二の本質は、医療メディエーションの主役が当事者である患者と医療者だという点です。主役である当事者に対し、メディエーターは尊重と傾聴の姿勢で対話を促すだけで、評価や判断はしません。この姿勢は、「その人がその人自身であることを支える」というケアの理念にもとづいています。答えは第三者ではなく、つねに当事者自身のなかにあるからです。
第三の本質は、医療メディエーションの目標が解決ではなく関係構築だという点です。関係構築を目標とするメディエーターは、法的権利や賠償といった紛争解決には関与しません。メディエーターの役割は「つなぐこと」であって、「解決すること」ではないのです。深い情報共有によって関係が築かれていけば、問題は自然に克服されていきます。
第四の本質は、医療メディエーターが構造的中立性ではなく信頼にもとづく不偏性に立つという点です。院内のメディエーターは病院職員であるため、中立性を標榜してはなりません。しかし、分け隔てのないケアの姿勢があれば、患者からも医療者からも信頼される存在になれます。傷ついたすべての人へ同じケア・マインドで接することが、この不偏性を支えます。
医療メディエーターが守る4つの約束
医療メディエーターには、4つの約束があります。すなわち、直接対話を促すこと、判断や評価をしないこと、関係構築を目的とすること、分け隔てなく心を聴くことの4つです。
第一の約束は、伝言ではなく直接対話を促すことです。メディエーターは、患者と医療者が直接向き合う場を設定し、その対話を促進します。患者は医療者との直接の対話によってこそ納得でき、代弁では受け入れられないからです。間接的な伝言は、誤解や齟齬のリスクを何倍にも高め、最悪の場合は情報操作のリスクすら招きます。
第二の約束は、判断・評価・意見を表明しないことです。メディエーターは、事故原因の説明や改善案の提示、賠償や法的評価をいっさい行いません。こうした説明は、医師や事務担当者、顧問弁護士が当事者として患者と向き合うべき事柄だからです。中身に踏み込んだ発言は、メディエーターの不偏性を損ない、その信頼と対話の場を崩してしまいます。
第三の約束は、解決ではなく情報共有と関係構築を目的とすることです。問題を克服できるのは当事者だけであり、それはメディエーターが達成する目的ではありません。解決しようと考えると、つい意見や提案をしてしまい、かえって対話が止まってしまいます。メディエーターは黒子に徹し、関係の再構築だけを支援します。
第四の約束は、分け隔てのないケアの姿勢で心を聴くことです。メディエーターは、傷ついた患者だけでなく、事故に関わった医療者にも同じケアの姿勢で接します。患者だけに共感すると、医療者は防御的になり、対話が閉じてしまうからです。メディエーターは「言葉でなく心を聴く」姿勢のなかで、対立の背景にある想いへの気づきを支えます。
医療メディエーターの実際の役割と活動
医療メディエーターの役割は、患者と医療者が直接向き合う対話の場をつくり、チームで支援することです。ここでは、その実務の流れと、活動の広がりを紹介します。
実務は、事案の報告・要請を受けるところから始まります。メディエーターは、まず患者との1対1の対応を行い、続いて医療者への対応や症例検討を経て、対話の場を設定・実施します。この過程では、出迎えや記録、文書の扱いまで、細やかな配慮が求められます。
対話の場でのメディエーターは、バレーボールのセッターにたとえられます。セッターであるメディエーターがトスを上げ、アタッカーである医療者と患者が向き合います。メディエーターは医療者に代わって対応するのではなく、あくまで対話を促し支える役割に徹します。この役割は、病院上層部の理解や、事故調査・真実開示との連携を前提とします。
対話の後には、継続的なフォローアップが続きます。メディエーターは、翌日や週一回のフォローを通じて、向き合い続ける姿勢を示します。このフォローは、医療機関が真摯に向き合っていることを患者へ伝える機会になります。丁寧なフォローの積み重ねが、信頼関係の再構築を促します。
こうした役割は、事故後の対応だけでなく、日常の患者対応にも応用できます。現場の小さなクレームへの対応や、職種間・スタッフ間の調整にも、メディエーションの技法は役立ちます。実際、ロンドンの病院では管理者全員が研修を受け、部署内の人間関係の調整に活用しています。医療メディエーションは、医療機関全体の対話文化を高め、コンフリクトの予防にも寄与します。
医療メディエーターは「資格」ではない
医療メディエーターは「資格」ではなく、だれもが学べる対話のモデルを実践する人材です。ここでは、認定の位置づけと、対象が限定される理由を説明します。
日本医療メディエーター協会の認定は、研鑽の場の提供と質の保証を目的としています。メディエーションは、いつでもどこでも活用できる汎用的な考え方です。協会の認定は、医療機関のスタッフを対象に、専門知識の理解、専門技法の習得、倫理性の涵養を支える仕組みとして設けられています。
院内メディエーターの認定が医療機関スタッフに限られるのは、弁護士法との関係によります。弁護士法は、弁護士以外の者が紛争解決などの法律業務に従事することを禁じています。そのため、院外の第三者が医療事故紛争に関わると、弁護士法に抵触するおそれがあります。一方、院内スタッフが患者と医療者の関係再構築を支援する場合は、示談交渉の一形態とみなされ、抵触の問題は生じません。
患者や市民が医療をめぐって関わる活動は、こうした法律業務とはまったく異なります。協会は「患者・市民と創るメディエーション(PCM)」として、市民団体や患者団体と協働しています。この取組は、さまざまな場面でのメディエーションの応用可能性を広げています。
診療報酬制度における位置づけと意義
医療メディエーターの重要性は、診療報酬制度でも認められています。ここでは、2012年に新設された加算の内容と、その意義を確認します。
2012年には、「患者サポート体制充実加算」が新設されました。この加算は、患者や家族からの相談に適切に応じる体制を評価するものです。医療機関は、専門部署を設け、研修を受けた職員を配置することで、この加算の対象になります。
患者サポート体制充実加算は、医療メディエーションの考え方を制度面から支えています。医療機関は、この加算を通じて、患者と医療者の対話を促す体制を整えることが推奨されます。整備された体制は、医療の質向上、患者満足度の向上、医療安全の強化につながります。
加算の背景には、医療機関全体の対話文化を高めるという目的があります。苦情対応の窓口を置くだけでなく、メディエーションの考え方を取り入れることで、患者・家族との信頼関係が築かれます。医療メディエーターは、こうした患者サポート体制の中核を担う専門人材です。
医療メディエーター導入の効果と広がり
医療メディエーターの導入は、医療現場に多面的な効果をもたらします。ここでは、3つの効果と、応用範囲の広がりを紹介します。
第一の効果は、事故対応の専従者として初期対応を適切に行えることです。専従者が対応にあたることで、患者側の不安や怒りの増幅を防げます。これにより、医療者側の負担も軽くなります。
第二の効果は、管理者が現場のトラブルを芽のうちに摘めることです。小さな不満や誤解は、大きな問題に発展する前に、対話で修復できます。早期の修復は、医療の質向上と医療者のストレス軽減につながります。
第三の効果は、各スタッフへの浸透により日常の対話が向上することです。メディエーションを学んだスタッフは、患者対応だけでなく職種間の対話にも技法を活かせます。技法の浸透は、病院全体の対話文化を高め、働きやすい職場を実現します。
これらの効果を生む応用範囲は、事故対応だけにとどまりません。終末期医療の意思決定、インフォームド・コンセント、救急医療での説明など、多様な場面で活用できます。さらに、日本モデルの導入は海外にも広がり、国際的な注目を集めています。
まとめ
医療メディエーターは、患者と医療者の対話を促し、関係調整を支援する専門人材です。その実践は、直接対話の促進、判断・評価の不実施、関係構築の重視、分け隔てのないケアという4つの原則に支えられています。これらの原則のもとで、医療メディエーターは事故後の対応から日常の患者対応まで幅広く活躍しています。
重要なのは、医療メディエーターが「資格」ではなく、だれもが学べる対話のモデルを実践する人材だという点です。このモデルは、診療報酬の患者サポート体制充実加算としても評価され、医療機関の対話文化の向上に貢献しています。患者中心の医療を実現するために、医療メディエーターの役割は今後ますます重要になります。