ハンドルネーム ひよこまんじゅうさんからのご感想と父の日について吉村さんからお話を伺いました。
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの
吉村:吉村竜児です。
三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。
吉村:よろしくお願いします。
三上:はい、まずご感想のお便りが来ていますのでご紹介していきたいと思います。
吉村:はい。
三上:はい、ハンドルネームひよこまんじゅうさんからです。「以前、不安についての質問ですけど回答していただきありがとうございました。親に影響されない自分を確立する必要があるのですね。どこかに依存したい氣持ちや孤独感があるので、親の影響を受けやすいのかもしれません。」という感想ですね、来ております。
吉村:はい。感想をいただけるのは本当に嬉しいですね。
三上:嬉しいですね。それにかけてじゃないですけど今日お届けしていきたいのが、親の影響っていうふうにひよこまんじゅうさんもおっしゃってるんですけど、私たちは親を選べないと思うんですが6月15日父の日がやってくるということでちょっと「父の日」についてテーマを取り上げてお話しを進めていきたいと思います。
吉村:はい。
三上:ということで、個人的には母の日よりちょっと存在が薄いのかなって思うんですけど。
吉村:ああ、何かその感じはすごくありますよね。やっぱり先に母の日が来るからそっちの方でちょっとワッと盛り上がって、その後が父の日なので一回盛り上がった後で盛り下がっちゃってるみたいな感じが、何かそんな雰囲氣はありますよね。
三上:ありますよね。ちなみに父の日ってアメリカでもあるんですか?母の日はありますけど。
吉村:アメリカでも母の日、父の日ってあったと思いますよ。
三上:そうなんですね。
吉村:バレンタインデー、ホワイトデーみたいな感じではなくて、ちゃんと最初からあったんじゃないかな。元々母の日があってその後に父の日ができたって話だと思うんですけど、アメリカでも別に普通に父の日はありましたね。
三上:父の日はあるんですね。
吉村:はい。
三上:父の日っていうことですけど、どうですか?吉村さんのお話の中でもお父様の話もできたりするんですけど。
吉村:そうですね。僕は自分の父親とはあまり良い関係ではなかったので、あんまり父親との良い思い出とかあまり印象が残ってないっていうところはあるんですけど、
だからちょっと父親との関係性ってなると僕の個人的な話よりも一般論的な話になっちゃう部分とか、僕自身が父親として子どもたちとどう関係性を構築してきたかみたいな話になってくるかなって思うんですけど。
三上:うん。
吉村:僕は大体、自分がどういうお父さんであれば良いのかなっていうところを色々と考えたときに、自分の父親の取ってきた態度とか選んできた在り方みたいなものの大体逆をやっておけば大丈夫かなみたいな部分があったんで、そういう意味では反面教師としてはだいぶん参考にさせてもらったっていう部分はありますね。
三上:なるほどですね。選べないですからね、子どもはね。
吉村:でもちょっとそこの部分に関してもスピリチュアルな観点でいうと、子どもがどこの家で生まれてくるかって親を選んで生まれてきてるっていうね、魂のレベルでは選んできてるっていう説があって、僕はそれは証明の仕様は無いんですけど、まんざら完全にありえない話でもないかなって感じてるんですよ。
三上:うん。
吉村:っていうのが今の僕がどういう活動をしているかっていう部分というのは、僕が色々とその時々の色んな状況に対して対応とか適応をしてきた結果、今の僕がやってる仕事や活動にたどり着いたっていう側面があるんですけど、
いざこういうエネルギーワークとかを研究したり人の心っていうところを研究して、エネルギー的な癒しみたいなことを活動としてやってすごく僕自身は充実感を感じているっていうかね。まさにこれをやるために僕は生まれてきたんだなっていう実感を持ってこの生き方を選んでるわけですよ。
三上:うん。
吉村:でもそこから逆算して考えていった時に、結局僕の両親がこういう人たちだったっていうところの影響って実はすごく大きくて、色々と問題を抱えている両親のもとに生まれていなかったら僕はこういう活動はしていなかったと思うんですよね。
ということは僕の魂が天界みたいなところから下を見て、よし、次の人生はこんなことをやろうかなとか考えていた時に、そこにたどり着くのに一番効果的なルートを模索していくとしたら、
多分この家で生まれてきてこんな人生を送ったらこうなるんじゃないかって、ある程度分かってて選んでるんじゃないかなって、そう考えた方が理に適うなっていうふうに感じるんですね、今の僕としては。
三上:うん。
吉村:っていう意味で言うと、僕の顕在意識の記憶には全然そういうのないし、それにしんどかった時代の当事者だった僕としては、本当に自分は何でこんなにしんどい思いをしなければいけないんだみたいに思った時期もあったと思うんですよ。
ちょっとそこの記憶もだいぶんクリアリングしてきたせいで薄れちゃってはいるんですけど。でも結局自分が人生の中で成し遂げたいと思ったことをするにあたって、本当にちゃんとバッチリな家庭に生まれてきたなっていうふうに感じているんで、
そういう一般的な見方でいうところの父親としての良し悪しみたいなところで言うと、僕の父は決して良いお父さんではなかったっていうのは分かるんですけど、でも結局なりたかった自分になるっていうことにおいては、まさにものすごくお世話になった人だなっていうふうに感じてるんですよね。父だけじゃなくて母もですけど、もちろん。
三上:うん。
吉村:だから選んでるか選んでないかみたいなね、両親選べないしみたいな話っていうのも、結局選べなくてたまたまそうなってしまったって考えることももちろんできるんですけど、結局はそこからなりたい自分になるかどうかっていうそこに尽きるかなと思うんですよね。
本当になりたい自分になるっていうことができて、そこで自分がこういう生き方をしていきたいっていうルートに自分が乗ることができたら、それまでのしんどかった経験とか色んな人間関係も全部、ここにたどり着くための一種の試練だったりとかゲームでいうところのミッションみたいなものだったんだなっていうふうに思える時が来ると思うんで、
今そこにもし自分がいないなって感じるとしたらそこを目指してとにかく邁進していくことだし、多分断言はできないんですけど、自分が本当にそこのルートに今乗ってるなってやりたいことできてるなって感じたときには、すべてが本当にこのためにお膳立てをしてもらえてたありがたいルートだったんだなって感じるようになると思いますよ。
三上:いや、でもお話聞いて最初は私も親は選べないのにって言ってましたけど、後々吉村さんの話を聞いて確かにそうだな、それがないと今はないなって思いながら。苦しい時があったとしても、今たどり着くのはやっぱりそういうのがあったから知ったり氣づいたり学んだりですね、言ってみれば。
吉村:多分僕たちが魂としてこの世じゃなくて例えば何て呼ぶかよくわかんないですけど、霊界とか天界みたいなところにいる状態だとして肉体と結合してない魂の状態だったら、特に何も欠けてることはないっていうかね、何も困ってない、
自分が何かこれが欲しいなと思ったらすぐにそれが実現するみたいな、そういうレベルの世界に僕たちの意識って元々はいたと思うんですよ。だけどそれだと言ってみたらこっちの世界で暮らしてる僕たちが感じるような感動や面白みみたいなものってすごく少ないと思うんですよね。
三上:うん。
吉村:だって欲しかったら何でも手に入っちゃうってことは、全部当たり前の話になっちゃうわけじゃないですか。もうすべてを知ってる状態だったらそれ以上の新しい学びとかもないわけだし、
だから分からないとか知らないとか氣づいてないとかそういう状態に自分を一時的に追い込むことで、そこから学んで分からなかったことが分かるようになったとか、氣づいてなかったことが氣づいたっていうそこの感動みたいなね。
そういう脳科学の人なんかが言ってるようなアハ体験みたいなものとかも、分からない状態があるから分かった!みたいな楽しさがあるわけで、
そこって本当に元々は愛だけでできてる存在だった僕たちが、愛が何だか分からないとか愛がどこにあるのか分からないみたいな状態に一時的にそういう自分に加工することで、愛ってこういうことだったのかとか、自分の本質って愛だったんだって分かったときの感動の大きさみたいなのがね、すごいあるわけですよ。
だからそのことに氣づかせてもらえるっていうのは、氣づいてないとか知らないっていう状態に自分がなったからその氣づきの素晴らしさに氣づくことができるわけですよね。
三上:うんうんうん。
吉村:なので壮大なゲームをやってるって思ったら、人生のすべてが素晴らしいものっていうふうに自分で再定義することができると僕は思いますね。
三上:ありがとうございます。今日は父の日にっていうテーマでお届けしましたけど、お父さんのね、これから皆さんのお祝いとかするのかな?改めて感謝ですね。
吉村:そうですね。本当に当たり前のことに感謝するっていうことがすごく大事だと思うんですよ。それは僕たちは水とか空氣が無かったらあっという間に死滅してしまうような存在なんだけど、地球っていう環境の中で水や空氣っていうものが当たり前のようにあるから健やかに生きてられて、
空氣が無かったら死ぬかもしれない、すぐ死んじゃうってことは明らかなのにもかかわらず、普通に空氣がある中で生きてるから空氣のことを全然感謝の対象として見てないわけですよね。
影が薄い人のことを空氣みたいな人とかって言うけどこれって実はとんでもない話で、空氣みたいってことはすごいありがたい人ってことじゃないですか。
三上:あー、うん。
吉村:世界中の他の文化だとどうなのかわからないですけど、日本だと特にお父さんって朝早くから夜遅くまで家の外で働いていて家に一生懸命働いてお金を入れてくれてる人だけど、家にいる子供からしたらお父さんが頑張って働いてるところとかあまり見てないし顔合わせる時間も短いから、お父さんが何をしてる人なのかよくわかんないみたいなね。
お父さんが入れてくれてるお金で家族が生活しているんだけど、そのこともお母さんがちゃんと知らせてくれなかったら、子供にしてみたら僕こうやって普通に暮らしててたまによく知らないおじさんが家にやってくるけど、あれ何?みたいな感じになってしまってもおかしくない、全然そうなりかねないわけじゃないですか。
三上:うーん。
吉村:そこはちゃんとお父さんがこれだけやってくれてるから、この家はこういうふうにみんなが暮らしていけてるんだよっていうことをお母さんが伝えるみたいなことも結構大事なんじゃないかな。当たり前なことに感謝をするっていうね。
そういうことはちゃんと意識してやらないと、すぐに忘れて頭から抜けていっちゃうようなことだと思うんですよね。だから本当に空氣に感謝することと同じようにお父さんに感謝するっていうことも大事なんじゃないかなって。
僕の父も何だかんだいってひどい父親だなって思うところいっぱいあったんですけど、とはいえ仕事をして僕が飢えて死んだりとかしないレベルでは面倒見てくれてたわけだし、それだけでもすごくありがたいことだなって思いますよね。
三上:今日の話を聞いて、父の日、お父さんもそうだけど家族で話し合う日でもいいかもしれないですね。
吉村:そうですよね。
三上:はい。ということで今日も素敵な話がたっぷり聞けました。吉村さん、本日もありがとうございました。
吉村:ありがとうございました。