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誰かの「楽しそう」に疲れたとき。
自分の心をどうやって守る?私自身の過去の話も踏まえながら吉村さんとお話しさせて頂きました。

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマはですね、「人の楽しそうに疲れたときの心の守り方」。こちらをテーマにしていきたいと思います。

これ見て昔の私は今思えば羨ましいという氣持ちがあったんだと思うんですが、自分のその状態がダメだとか今の自分が嫌だっていう感覚があったんだと思うんですけど、なのですごい幸せそうな人を見ているといいなっていう氣持ちが先走っていましたね。

今振り返ってる。その時の心、今は自分が楽しいからいいんですけど、このテーマを見た時にそんな時の心の守り方、こんな人は結構多分いると思うので色々ちょっと今日は吉村さんなりのお話を伺いたいんですが。

吉村:なるほど。三上さんのお話を伺うとまさにその状態から、その状態が克服された今っていうところに来ているんでそのプロセスがどんなふうにそのビフォーから現状になったのかっていう、そこにすでに答えがあるように聞こえるんですけど。

三上:とにかく昔は自分がなかったし、周りが幸せであれば自分も幸せだっていう感覚に思っていたんですよ。なのでそもそも自分がなかったんですけど。

吉村:うんうんうん。

三上:そんな中、人が楽しそうにしてるのを羨ましいなとかいいなとか、どうしたら私もこういうふうになれるんだろうっていうのを見てるとだんだん自分がネガティブになって疲れていたんですね。

吉村:うんうんうん。

三上:楽しそうにしている人とキラキラしすぎて眩しくて一緒にいるの疲れるみたいな。って思ってある時期人と会わない、会いたくないっていう時期があったんですけど、

でもやっぱり10年ぐらいかけて自分の中で色んなそれ以外のことも、自分ってどうなんだとか、どうありたいんだとかっていうのを、吉村さんとの出会いもそうなんですけど、色んな経験をして自分の中で私は自分らしく少しぐらいわがままでいいし、迷惑かけなければっていう生き方をしようってなった時に、

別にみんなが幸せそうだったらそれは嬉しいし、でも私も幸せだからっていうので、幸せそうな人たちといても居心地がいいなって今に至っています。

吉村:素晴らしいですね。

三上:長々とすいません。

吉村:いや、とんでもない。だからプロセスとしてはまさにそういうことだと思うんですよね。

要は自分軸がなかった状態だったから、周りと比べて自分がダメだっていう自分に対するジャッジが起きてしまってそれで疲れていたっていう話だと思うんで、そこから要は自分が好きなようにやっていいんだって自分に許可が出せたわけですよね。

三上:そうです、そうです。

吉村:だからそこの部分って、まさにそれをやればいいって話だと思うんですよ。

ここは10年がかりでそれをやって、その間には人と会うのをやめようみたいな時期もあってっていうところをちょっと短縮できると、さらに今現状そこで悩まれてる方にとっては結構有益な情報になるんじゃないかなと思うんですよね。

三上:そうですね。10年は長かったですよ。本当に濃厚で色んなことがありました。早くわかって知るきっかけがあったらみなさんいいなと思うんですけど。

吉村:まさにそういうことですよね。自分に許可が出せていなかったっていうところ、自分で好きなようにやっていいんだっていう許可が出せていなかったから、多分自分の中で、ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけない、自分はこうでなきゃいけないとかっていうのがあったんだと思うんですけど、

それって自分が本当にどうしたいかってことよりも、幼少期に親から、「ああしなさい、こうしなさい。」って言われたことが、自分の中でこうしなきゃいけないんだっていうような、そういう制限のメッセージとして潜在意識の中に書き込まれていっちゃったっていう部分があるんだと思うんですよね。

三上:そうなんです。はい、まさしく。

吉村:そうですね。そこでまた多分人によっては親から色々言われても、全然どこ吹く風でそういうのが入っていかなくて好き勝手最初からやれる人と、そうじゃない人っていうのがいるっていう話でもあるかなと思うんですよ。

この部分が結構やっぱり受け取った言葉をどう解釈してるかっていうところで処理の仕方が変わってくるんで、この部分ってその人が物心つく前に既に持ってたブロックの影響とかね、

あと親御さんの持ってたっていうか、今でも持っているであろうブロックの影響っていうのも結構あるんじゃないかと思うんですよ。

三上:うん。

吉村:その部分に関しては結構クリアリングすることで流れを良くすると、まず受け取った言葉は受け取った言葉でそこに親がこうあってほしいとかこうすべきだっていうエネルギーが乗っているわけですけど、

それを要は自分の中にどれだけ取り込んじゃうかみたいな部分で、これって別に本当の私じゃないから全部受け取らなくていいよなっていう選別ができれば良いって話なんですよね。

三上:うん。

吉村:そこら辺はね、やっぱりどうしてもブロックがあると自分で考える以前に、ブロックが先に「はい、これはもう無条件で受け入れる情報です。」とか、「これは抵抗する情報です。受け入れません。」とかっていうのをブロックがやっちゃってるわけですよね。

三上:うん。

吉村:これはクリアリングするのが早いは早いんですけど、ブロックって要は自分が意識してないときに無意識で勝手に動いてるプログラムがブロックなんですよ。

だから内観して瞑想とか、クリアリング以外だと瞑想して内観するっていうのが効果的なんですけど、自分が何を無条件に受け入れているのかとか、何を無条件に反発しているのかっていうところを見ていくといいんですよ。

それが結局、本来自分が自分にとってポジティブな方向に成長していく糧になれば良いわけですね。どんなものでも全て。

三上:うん。

吉村:例えば、僕の親は子供を育てる親としてはかなり未熟な人間だったわけですよ、当時ね。だからそれを僕はこの親の言うとおりにしなきゃいけないって思って育っていたら結構しんどい人生になっていたけど、

でもこの人たちってここがダメなんだな、じゃあ僕はここを氣を付けようみたいなね。反面教師にすることができたら、その経験って僕が成長するための糧になるわけですよ。

親の言動は変わらないわけですよ。どんなことを言ってくるかみたいなのは変わらないけど、それをどう受け取るかっていうのは全然別になるから。

そうすると僕にとっては自分が幸せになることを邪魔する毒親みたいな存在にもなり得るし、反面教師になってくれることで僕が成長できる糧になってくれたってなったら、親として良いかどうかはわからないですけど、僕の人生においては結局プラスの作用をもたらしてくれた人になるわけじゃないですか。

三上:うん。

吉村:だからそこの受け取り方を自分で選べる状態に持っていくっていうのは大事なんですよね。そこは自分で選ぶってことは無意識にブロックに勝手に選ばせるんじゃなくて、自分で意識的に選ぶっていうことなわけですよ。

そこがね、多分三上さんが10年かけた中でちょっと人と会うのを一回やめてた時期ってすごく自分と内観して自分と対話されていたんじゃないかと思うんですよね。

三上:そうですね。すごく長かった。自分との時間がたっぷりありました。

吉村:そうですね。そこが多分何がどういう方向性でいったら良いのかっていうのもわからないまま、ただ自分が苦しい、この人たちと一緒にいると辛いからちょっと人に会うのやめようとか、

でもどこに向かっているかわからないって中で試行錯誤していたから多分時間かかっちゃったんですけど、向かう方向がこっちだってわかっていたら多分その時間をだいぶん短縮できていたと思うんですよね。

三上:そうですね。確かに、そう思います。

吉村:そうですね。そこら辺本当の自分らしさを見つけるために、自分の中の本当の自分らしさと違う判断を勝手にしている者たちを見つけて、そこから自分を解き放つためのこの時間っていうふうに最初からわかっていたら多分10年かけずにそこにいける可能性は結構あるかなと思うんですよね。

あとはそこでどうしてもわかっちゃいるけど、なかなか変えられないんだよねみたいな部分に関しては、やっぱりクリアリングするのが早いと思うんですけど。

あとは最初のほうで三上さんがおっしゃってた、「人に迷惑かけていなかったら自分が好きなようにやっていいじゃないか。」っていうのって、持っておく基準としてすごく良いと思うんですよね。

三上:ふふふ。

吉村:だから早めにこの基準を、要は自分が向かってる方向性はこういう感じだなっていうことがわかっていれば、そこでそうかって自分が何をするかって選ぶときに、これってよくよく考えたら自分がやりたいってこととちょっと違う感じがするなみたいなことであったりとかね。

あと例えば人に迷惑をかけないようにしなきゃいけないっていうことに関しても、それを迷惑と感じるかどうかってその人次第な部分もあるから、よっぽどこれは万人にとって迷惑だよねっていうこと以外だったら、案外別にこっちで氣の使いようがない範疇のこともあるわけですよ。

三上:うん。

吉村:そしたらそこってあんまりそもそも氣にしなくていいんじゃないかっていう話でもあると思うんで、とりあえず法に触れないとか、

明らかにこれって相手が誰でも傷つくよねみたいな、殴っちゃうとか物を盗んじゃうとかね、そういうようなことは除外してそれ以外のことは別にとりあえず自分がやりたいようにやってもいいんじゃないかなと。

これをやったら親が悲しむんじゃないかとかっていう話とかって、別に私がこれをやることで全ての人が悲しむのか、

それともこれは自分の頭の中にいる親が悲しむかもしれないって私が頭の中にいる何者か勝手に言ってるだけかもしれないとかっていうそこを区別して考えると、自分が何をその中から選択するかっていう基準をだんだん自分の中で作っていけるんじゃないかなと思いますね。

三上:はい、ありがとうございます。私の話と吉村さんの話、今日はお伝えさせていただきましたけど、今の境遇というかそういう方がいればちょっと響いてほしいなっていうことでお話しさせていただきました。

やっぱり自分らしく生きるって本当に・・。なのでその時間を今私は取り戻してます。そのね、閉じこもってたっていうところもあったから今楽しめてる部分もあるし、だんだんだんだん若くなっている理由はその理由かなと個人的に思っております。

吉村:素晴らしい。

三上:はい、ということで今日のテーマ、「人の楽しそうに疲れたときの心の守り方」をお伝えさせていただきました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。