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お彼岸の中日は、昼と夜の長さがほぼ同じになる特別な日。
古くから日本では、ご先祖さまに感謝を伝えたり、自然の恵みに思いを寄せる日とされています。忙しい日常の中で立ち止まり、感謝や祈りを心に置くきっかけになる時間を一緒に過ごしてみませんか?

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:配信日9月23日、今日は秋分の日。ということで今日のテーマはお彼岸絡みということで、「ご先祖様や自然に感謝すること」についてお話ししていきたいなと思いますが、

そもそも本土と沖縄の文化が違うものでちょっとこう、本土ではどうでしょうか?まずご先祖様に対して、お彼岸について。

吉村:そうですね、僕は子供時代は結構崩壊した家庭で育ったんで、ちゃんと先祖代々の風習が大事にされてる環境にいなかったっていうのが一つあるんですよね。

三上:うん。

吉村:しかも結構長い、小学校高学年から中学生にかけての長い期間、母方の祖父母の家で暮らしていて、そこは僕のおじいちゃんが中国出身の人で中華料理屋さんをやっていたんで、あんまり日本の風習が微妙によくわかってないみたいなところがあるんですよ。

三上:うん。

吉村:一応おばあちゃんは日本人だったから、それこそナスに割り箸を刺してとかああいうのとかやってはいたんですけど、多分あれはお彼岸の頃とかやることじゃないかと思うんですけど。

三上:沖縄ではやらないんですよ。

吉村:そうそう、そういうのは一応部分的に見てはいるんだけど、あんまり詳しく知らないまま今度中学卒業してすぐアメリカに発ってしまって帰ってきたのはもう26歳でだいぶん大人になってからなので、本当にそういう日本の古来の風習とかを知らないまま育ってしまったっていうところもあって。

僕にとってもそういう日本の例えばお盆だったりとかお彼岸だったりとかって、多分外国人が見る日本のミステリアスでちょっと素敵って思うようなそういう文化に見えちゃうっていうのが一つあるんですよね。

三上:なるほど。

吉村:ちょっと異国風、エキゾチックなものに見えちゃってるっていうところはあるんですけど。面白いですよね。僕は自分自身がこういうスピリチュアルな分野の研究をし始めるまでは、あんまり死後の世界のこととかも考えたことなかったし、

お盆とかでご先祖様が帰ってきてるんだよみたいなことを、うちのばあちゃんだったりとかお店の従業員の方たちが日本人の方たちがいたんで、そういうちょっと年配の女性の方たちがそういうことを話してくれて、へえ、そうなんだぐらいな感じで聞き流してたところがあるんで、あんまり深く入っていってはいなかったんですけど、

三上:うん。

吉村:ただ実際にエネルギーワークとかスピリチュアルなこととか研究し始めると、人って肉体が死を迎えてもその人の魂は結局いなくなってはいないっていうところで、

そうすると死後の世界みたいなのもどのぐらい一般的に言われてるようなものなのかってわからないんですけど、どうやら人は死んでも何度も生まれ変わって輪廻転生を繰り返してるらしいっていうのとかは、自分の中でチャネリングとかをして色んなエネルギーをリーディングしてると。

結局今の人生で問題を抱えてる人たちの問題の原因が、実はこの人生だけじゃなくて過去生とかでちゃんと完了してなかったことが今も尾を引いてるみたいなことが起きてるっていうのを、自分で取り扱うようになってきたわけですよね。

そうすると、そういうのがあるってことはやっぱり死後の世界みたいなものもきっとあるんだろうなと。ただそれが例えば宗教ごとに死生観とか死後の世界に対するとらえ方とかが違ってたりもするから、だからどれが正解とかわかんないじゃないですか。

三上:そうですよね。

吉村:だからそういう意味では、わからないなりにわからないものとどう付き合って生きていくかみたいなことを昔の人たちはやってきて、それで色んなそういう文化とか風習とかまたそういう地域性とか宗教観とかで、そこがまた多様化していったりっていうことが起きての今なんだろうなって思うんですけど。

なかなかでもあれですよね、日本の、僕はどうしてもそういう当事者っていうよりは外から見てる人の感覚になってしまってるところがあるんで、

何となくアニメとかで日本の、和風なモチーフのものとかあったりすると結構かっこいいなとか思ってしまったりして、本質はよくわかってないんだけど何かいいなみたいな感じのところはありますよね。

三上:なるほどね。でも今お話を聞くとナスの話とか色んな話が出ましたけど、沖縄と全然違うなと。

吉村:ああ。

三上:お彼岸でお墓参りはしないので、だから色々やっぱり違うなと思いながら聞いてます。

吉村:なんかね、僕のイメージだとお彼岸っていうと彼岸花が咲いててちょっと残暑でみたいな、少し日が短くなり始めてるんで夕暮れ時とか暗くなるのが少し早くなってきたなみたいな、そういうイメージなんですよね。

三上:なるほどね。お彼岸というより、私たちお盆も旧盆なんで、この時期、収録日は沖縄お盆なんですけど、なんかやっぱり色々違うなって思いながら。面白いですね。各地域でやっぱり微妙に違ったりするんでしょうね。

吉村:収録日は今9月の上旬なんですけどね。だって本土のほうだとお盆って8月の15日辺りなわけじゃないですか。半月以上ずれがあるってことですよね。

三上:そうですね。お盆って3日ですか?3日間?

吉村:僕もちょっと詳しくわかんないけど、そんなもんだった氣が。15日前後の3日間ぐらいがお盆みたいな、そんなイメージですけどね。

三上:沖縄は今日が帰る日。で、9月4日はご先祖様が来る日。沖縄でみんなで過ごして今日帰るよっていう日なんですけど。

吉村:2泊3日みたいな感じですかね。

三上:そうです。2泊3日。みんなで楽しんで今日帰ってねって。

吉村:それでエイサーで踊ってご先祖様を送り出すみたいな感じ。

三上:そうなんですよ。だからもうこれがサインだよって。エイサー鳴ってるよ。ドンドン聞こえるでしょって。だからもうそろそろ今日あの世に戻らないといけないよっていう合図で、そのエイサーが各青年会で色んな道を歩いていくんですよ。

住宅街を回って音を鳴らしてっていうのが今日です。あの配信日の今日、収録日か。今日は収録日なのでそういうのがあったりしますね。

吉村:面白いですね。本土のほうだと8月にお盆があって、9月の半ば過ぎ頃の秋分の時期に今度お彼岸っていうのがあって、これもだから先祖供養みたいな時期が2ヶ月連続で別のイベントとしてあるってことですよね。

三上:そうなんですよ。

吉村:ちょっと不思議な感じですよね。なぜそうなってるのかとか全然わからないんですけど。

三上:やっぱりなんか日本と、ちょっと中国に似てるのかわかんないですけど。

吉村:でもあれですよね。だって日本って本当にそれこそ弥生時代とか渡来人がいっぱい来て、そこから色んな元々日本にいた人たちの持ってた風習とまた海外から来た人たちの風習が混ざり合ったりとかして、多分どんどん混ぜこぜになっていって色んなことになっていったんだと思うんですけど。

三上:うん。

吉村:神社とかで祀られてる神様とかも細かく分類していくと、昔から日本にいた神様と渡来人と一緒に入ってきた神様と色んな神様がごっちゃになってみんな神社ってところで祀られてたりっていうような話だから、そこら辺とかも面白いなと思うんですよね。だから一個の宗教じゃないんですよね、そもそも。

三上:なるほどね。でも改めてご先祖様に感謝すること、それがあるから今っていうのはね、大切というか当たり前じゃないなって思いながら、今日は私はこの収録が終わった後にご先祖様にありがとうって伝えたいと思います。

吉村:ちょうどね、お見送りする日ですもんね。

三上:うん、かなって思っていますね。

吉村:そうですね、死についてとか死後の世界についてっていうところで、結局それを何か特別な恐ろしいものみたいなとらえ方をしちゃうと、多分それを見ないようにしようというか、見ないように考えないようにみたいなそういうパターンが形成されちゃうと思うんですよね。

そうすると死を恐れるっていうことになると、またその恐れによって何かその人の考え方とかその判断の基準とかがその恐れに基づいたものになってしまいやすいですけど、多分ご先祖様がそういういつも見守ってくれてるとか、

帰ってきて様子を見て一緒の時間を過ごしてまた帰っていくとかっていうような何かそういう風習があると、多分死とか死後の世界とかすでに亡くなった方たちとかもっと身近なものと感じられるようになると、多分そのそんなに死を恐れずに今を大事に生きるみたいなことにつながるんじゃないかなって思うんですよね。

三上:そうですね。その考え方は素敵だと思います。

吉村:例えば何人かの人たちで、よくどっちかっていうと左脳派の人たちみたいな感じかな、物事を論理的に考えることが正しいっていうような感じの論調の方たちの言い分でよくあるのが、死後の世界があるっていうことを認めるのは良くないと。

なぜなら死後の世界があるって思ったら、結局氣に食わないこととかあったら、じゃあ死んでリセットすればいいんだみたいな、

輪廻転生って考え方があると、じゃあもうリセットすりゃいいやとかそういう考え方につながるから良くないのであるって言い分があるんですよ。

三上:なるほど。

吉村:これも何となく理屈は分かるんですけど、でも実際僕は色んな人の潜在意識を見てきた中では、単純に氣に入らないからリセットするって考え方だと問題の本質が全然解決しないっていうことを経験的に知ってるんですよね。

見てきたっていうかね。それも別に本当にそれが真実かどうかって分からないですけどね。ただ結局抱えてる問題を解決しないままリセット氣分で自殺とかした場合、その人ってその同じ問題を抱えたまま次の人生が始まっちゃったりするんですよね

三上:おお、やだ。

吉村:そうそう。だから過去のカルマみたいな話ってよく出てくるんですけど、スピ系の話だと。でもちょっと僕はそこの考え方が若干ずれてるなと思うのが、今物事がうまくいってないのは過去にやらかした悪事の罰を受けてるのであるって考え方につながっちゃうと思うんですよね、そのカルマの考え方って。

実際には過去生で悪いことしたから今その罰を受けてるってことじゃなくて、過去生でちゃんと解決しなかったものがあるからそれが今でも続いてるって感じなんですよね。

三上:なるほど。

吉村:だからそれに関しては、今ちゃんと解決しないでこの人生終わったらまた次の人生でも解決しないまま引きずってるんですよね。

だから別に過去が悪いからどうこうじゃなくて解決してない問題を引きずってるんだとしたら、今すぐにでも解決させるのが先決なんですよね。

そうしたら今回の人生もここから先うまくいくし次の人生もうまくいくって話なんで、だからその辺の考え方みたいなところがちょっと一般的な宗教とかでの死生観と若干違うところを感じるんですけど、

でもやっぱり死後の世界ってあると僕はやっぱり強く感じるんで、そこに関して何かそういう日常的な習慣とか文化の中にそういったものをなるべくニュートラルな形で、ちゃんと後世に伝わっていくといいなっていうのは感じますね。

三上:そうですね。今日はご先祖様について色々話してきたんですけど、改めて普段やっぱりそういうきっかけがあるからこそ、元氣かなとか考える時間ができやすいのかなって思うんですよね。改めて感謝することとか考えることとかって。

なのでちょっと今日のお話を踏まえて、ちょっとみんなもね、皆さんも考えていただきたいっていうと変ですけど、思い浮かべていただきたいなというふうに思いました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました