短編小説『しずく採集士レイ』(4/10)
第4話| 8.2秒の沈黙
──朝が、違っていた。
目覚めた後、レイは静かにベッドの上で身を起こした。さっきの胸の温かみが、まだ新鮮さを残している。
頬に残る涙の痕は、昨日よりも、ほんの少し深くなっている気がした。
「……また、、、」
そうつぶやく声が、部屋の空気をわずかに震わせた。記憶がない。夢も覚えていない。でも、“何か”を感じた。確かに、心の奥のほうで。
──────
「SORA、再生環境を起動して」
今日もまたいつもの作業に取り掛かっていく。
レイはこれまで、SORAに隠し事をしたことなんて一度もなかった。でも昨晩のことは、どうしても自分からは口に出せなかった。
…SORAも、昨晩のことは何も言ってこない。
あの声は間違いなくSORAだったはずなのに…
〈再生環境、準備完了〉
〈入力対象を指定してください〉
SORAの声はやはりいつも通り。でも…
「……5111番」
わたしは一人小さくつぶやいた。
SORAが、3.1秒の沈黙をした。
〈そのしずくは封印指定です。そのデータへのアクセスは──〉
「わかってる…でも、映像記録だけでも、見せて欲しい」
SORAを振り向くと、また沈黙。
SORAの反応がしだいに少しずつ遅れていく。
〈…部分的な波形データのみなら、表示可能です〉
── …… ヴゥ——ン
目の前でホログラムの投影が始まった。
青く淡い光が空間に浮かび、しだいにしずくの残像が宙に揺れ始めた。
レイはじっとその映像を見つめる。静かに、深く、呼吸を整えながら。
──その時、
ホログラムの光がほんのわずかに揺らいだ。ノイズのような走査線の乱れ。
一瞬だけ、あの映像が映った。
誰かの手を握る女性の姿。でも今度は、昨日よりも少しだけはっきりと。
「……い、いまの」
〈映像記録に異常はありません〉
レイの言葉を遮るようなSORAの声。その声と反応に変化はない。
(SORA、今の…本当に見えなかったの?)
レイがSORAに送った視線に、SORAは何も応えなかった。
──トク、トクンッ
レイは自分の胸に手をあてた。あの光の欠片が二つ、そこで確かに脈打っているのを感じた。
心臓の鼓動とはまた別の──
これは、一体誰の記憶なんだろう…
レイはそれが他人事とは思えなかった。名前も、顔もわからないのに、たしかに自分の心が強くそこに反応しているように感じた。
「……わたし、本当は」
静かな部屋に、もうなにも映っていないホログラムの光だけが、青白く残されていた。
「……また、5111番に、会いたい」
レイは自分の気持ちに正直でありたい、強くそう思った。
するとSORAがレイの横を静かに通り過ぎていく。
「…SORA?」
〈 …… 〉
SORAは無言のまま部屋を出ていくと、ゆっくりとあの扉の前へと向かっていった。
『特別保管室』
三重のセキュリティパネルが、相変わらず冷たく光っている。レイが追いつくと、SORAはゆっくりと振り返った。
── 8.2秒。
今までで一番長い沈黙だった。
〈……レイ〉
〈…これは、職務違反です〉
「知ってる」
〈…それでも?〉
「うん」
レイの言葉に迷いはない。
またしばらくの沈黙。そしてSORAは静かに振り返ると、
── カチッ、カチッ、カチッ
SORAは無言のまま、三つのロックを静かに解除していった。 重い扉がゆっくり開いていく。
扉の隙間から、5111番の青白い光が再びレイを静かに照らし始めた。
(…第五話へ続く)
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▼ここまでのスタエフ朗読▼
第一話「拒絶されたシズク」
https://stand.fm/episodes/685f597b00ccd5e38e9288cd
第二話「誰かの気配」 https://stand.fm/episodes/6860fb7174f0b7c44d55a043
第三話|封じられた欠片 https://stand.fm/episodes/68632b3be929f66fa2508bc6
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#しずく採集士レイ
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